ひとを好きになる切っ掛けは一体なんだろう、とわたしは思う。顔を見たときか、優しくされたときか、笑顔を見たときか、慰めてもらったときか。けれど、そのどれもがわたしには当て嵌まらない。そればかりでなく、わたしは自分が一体いつ彼のことを好きになったのかわからないままである。
一年のときに同じクラスだった太一くんとは、何の運命か二年でも同じクラスになることができた。少なからず、というか些か重たい愛情を捧げているわたしにとってそれは確かに喜ばしいことであった。また一年太一くんを見ていられるのだ!しかし同時に悲しくもなる、太一くんを見る度にわたしの感情は届かないと思い知らされるから。
太一くんには幼馴染みがいる。とてもとても可愛くて、頭はちょっと(どころじゃないかもしれない)悪いけど一途で優しい女の子。学力、という点では確かに勝っているのかもしれない。でも、そんなところで勝ったって何にもならない。勉強が出来るようになればなるほど太一くんに好きになってもらえるならいくらだって頑張るけれど、そんなことは多分、きっと、絶対に有り得ないのだ。だって彼はそんなところで人を判断しない。勉強が出来ようが出来まいが、可愛かろうが可愛くなかろうが、太一くんには関係ないのだと思う。
――わたしが、そうあるように。
「あれ、太一くん」
先生の仕事を手伝っていたら帰るのが遅くなってしまった。見たいドラマの再放送があるので慌て下駄箱に駆け込むと、見慣れた姿があった。凜とした佇まい。わたしのすきなひと。
「ん?ああお前か。何、居残り?」
「そんなとこ。先生に捕まっちゃって。太一くんは?今帰り?あ、部活かー」
「そ。ついでに人待ち」
「……千早ちゃん?」
「忘れ物したんだと」
太一くんが酷いひとならよかった。すごくすごく酷いひとならわたしも簡単に嫌いになれたのに、待っている時間すら幸せだってみたいに笑いながら話すから、その笑顔がきらきら眩しいから、わたしは好きをやめられない。ずっと好きだ、太一くんのことが。嫌いになんか、なれないよ。好きになるのは簡単なのに、嫌いになるのはどうしてこんなに難しいんだろう。
「そっかー。早く戻ってくるといいね」
「お前はどうしたの?なんか急いでるみたいだけど」
「わたし?わたしは見たいドラマの再放送があるんだー」
「なるほど」
話ながら靴を履き終える。太一くんはそんなわたしを見ながら、けれどもその場から動く気配はなかった。当たり前だ、千早ちゃんを待っているのだから。
もしも。もしもの話。わたしが千早ちゃんポジションにいたら。彼はわたしを好きになってくれただろうか。
――いや、きっと。彼はわたしを好きにはならない。
その予感は確証などないのにはっきりとした真実味を持ってわたしを覆う。なんだかひどく泣きたくなった。
「気をつけて帰れな。また明日」
「うん。太一くんもまた明日。ばいばーい!」
大きく手を振って歩き出す。夕焼けが目に染みた。







//有海
∴全部なくなっちゃった
「曰はく、」さまに提出させていただきました。遅くなってすみません、素敵な企画をありがとうございました。