燐はどのお花が好き?
穏やかな日差しが降り注ぐ中で、白いワンピースを身につけたしえみが笑っている。穏やかに凪ぐ風が髪を揺らした。
花とか、俺、よくわかんねぇよ。
うん、燐はそういうの興味なさそうだもんねぇ。
ちょ、おま!何気に失礼だぞ!
えへへ、でも間違ってないでしょう?
ぐっと言葉に詰まった燐を見て、またしえみがまた楽しそうに笑う。
すべてが終わってから長い月日が過ぎた。何回春が来て夏が来て秋が来て冬が来たのだろう、もう分からない。長い時間を生きる燐にとって長さとは等しく無価値だ。長ければ長いほどいいなんて、燐には到底思えなかった。周囲に自分を知る人間がいなくなる恐怖。誰も燐を知らない、名前も呼ばない。いや、燐を知る人間はいるし、名前を呼ぶ人間は沢山いる。
――そうじゃない、そうじゃないんだ。
どれだけ燐を知っていても、どれだけ燐の名前を呼んでくれても、それは燐の始まりの人間じゃない。燐を構成する全ての始まりのひとたちは、燐と同じ時間を生きることは出来ない。どれだけ乞うても、無理なものは無理なのだ。
そんなことをかつてしえみに話したら、彼女は呆れたようにも少し困ったようにも取れる顔をしたっけ。
燐、わたしね、お花はみぃんな大好きだけどね、特に桜が好きなんだあ。
さくら?
うん。桜だよ。今日植えた苗も桜の木なの。
木を植えようと言い出したのはしえみだった。元々二人で決めて買った家には沢山の緑で溢れかえっていたけれど、更にそこに木を植えたいと言ったのだ。庭に大きな木があるの、憧れなの。しえみのお願いに滅法弱い燐に選択肢は一つしか与えられていなかったけれど。
桜に限らず木ってね、すごく長生きなんだよ。ずっとずうっと、どれだけ時間が流れても成長し続けるの。
へぇ。
もし、わたしがいなくなっても。桜の木が一緒だからね、燐。
その言葉に息が詰まる気がした。この先、どんなに足掻いてもしえみはいなくなってしまうのだと、痛いほど分かってしまう。
嫌だった。しえみと離れるのは。しえみは最早燐の体の一部である。それもとてもやわっこい部分。そんな場所が抉られるのはとんでもない恐怖だ。
でも。
しえみがその場でくるりと回った。白いワンピースの裾がふわりと舞う。
わたしだってずうっと燐と一緒にいたいよ。でも、ずうっと一緒にはいられないね。わたしは燐じゃないし、燐はわたしじゃないもん。
……うん。
だからね、わたし、考えたの。わたしがずうっと燐と一緒にいられる方法。
しえみの手が小さな苗に触れた。小さいのに輝かしい生命力を感じさせる緑は、二人の今までを象徴するかのよう。燐の手が、震える指先が、しえみにならって苗に触れる。
ねぇ、燐、忘れないでね、わたしのこと。あなたを愛した、わたしのこと。ずっとずうっと忘れないでいてね。わたしはずっと燐と一緒だから!







「りーん!」
遠くから名前を呼ぶ声がして、燐はゆっくり振り返った。特徴的な青い瞳が、少年を映す。
「おい、てめ!燐じゃない、聖騎士さまだろ!」
「燐のくせに生意気だ!」
「てめーのほうが生意気だ!」
「課題の量減らせばか燐!」
「んだとコラァ!!!」
きゃーっと声を上げて逃げていく少年――大切な生徒を追おうとした足が、ふわり、と鼻先を擽った色によって一瞬止まる。薄桃色をしたそれは鼻先を擽ったあと、燐の掌に音もなくおさまった。いつかの遠い日、彼女が好きだと笑った花。ずっとずうっと一緒だと言った彼女は、今も変わらずそこにあって燐を見守っている。
「しえみ、また春が来たぞ。お前の好きな花が咲く春が。――今年も、よろしく」
応えるようにぶわっと薄桃色の花弁が空を舞う。もう、春だ。




//有海
∴花となれ
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