※妖怪パラレル
※※音也が逢魔ヶ時


おやすみ。囁く声があまりにも優しかったから。多分ずっと忘れていたのだ。

夕暮れになると決まって裏庭に建てられた社近くに現れる少年がいる。淡い雪色の着物に身を包み、夕焼けによく似た髪を持つその少年の名前を真斗は知らない。使用人が彼のことを「おうま」と呼んでいたけれど、幼い真斗にはどのような漢字を当て嵌めるかすら分からなかった。それが本当の名前なのかすら、分からなかった。
「おうま!」
「…まさと」
もう日も落ちる寸前の頃合いを見計らって社に向かうと、やはり彼は今日もそこにいた。小さな掌で赤い鞠をついている。中に鈴でも入っているのか、鞠をつくたびに涼やかな音が響いた。遠くで烏が泣いている。
「まさともまりをつく?」
「い、いや、おれはいい。きょうはべつのことがあってきたのだ」
「おうま」はその言葉をきいて不思議そうに首を傾げた。何が何だか分からない、といった風情である。しゃらり、夕焼け色に染まった髪が揺れる。悲しさを内包した、優しい色。
「おうま、というなまえは、よいいみでは、ないのだな」
一瞬、少年の表情が凍り付いたように見えた。しかしそれも一瞬のことで、次いで柔らかく笑いながらそれでも困惑を隠しきれない顔のまま――何も言わない。
「おうま」の意味を使用人に尋ねた時、使用人たちは目に見えて怯えたような顔をした。まるで真斗の口からその三文字が零れ落ちることを忌んでいるような、そんな顔だった。真斗様、「おうま」に会ったのですか。
(「あった…というか、その、」
「おうまは、逢魔と書きます。魔に逢うと書くのです。魔に出逢えばもう二度とこちらに戻ってくることは出来ません。ああよかった、真斗様があちらへ連れて行かれなくて。いいですか、逢魔の姿を見かけても。もう二度と近付いてはいけませんよ。いいですね」
「あ、いや、でも」
「…真斗様。逢魔は。人間ではないのですよ。化け物なのです。わたしたちとはちがうのです」)
「そのようなことをしらずに、ずっとおれはおうまとよんでいて、だから、」
「まさと」
「なまえを、もっとおまえにふさわしいなまえで、よびたいと」
「……まさと、」
囁かれた言葉は静かだった。
髪と同じ色をした瞳は真っ直ぐに真斗を見詰めている。どのような言葉にも揺らぐことのないそれは、時折見ていて痛々しい。
「おうまは。おうまは、まさとのその言葉だけで、十分なんだ」




//有海
∴明日が見えない
続かないよ!
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -