※ちょっとグロテスク
 僕らは生まれてくるところから間違えたのだ、薫は膝を抱えて、言った。千鶴が、言葉を理解すると途端、胸が悲しくなって、丸くなっている背中に抱き付いた。
 薫は、人生最大の汚点である、憎悪や恥部を忘れるだけでなく、幼少、双子が笑いあっていたことも、今ある確かな体温も全て、彼は否定したのだ。
「どうして、そんなことを言うの?」
 薫を背後から抱きしめる力を強くして、千鶴は薫の肩にうなだれるようにして頭を預けた。綺麗に揃えられた睫は力なく伏して、目を開けてしまえば涙が零れそうだと、千鶴は思った。
「私たち、今幸せじゃないの」
 光を浴びて輝くことはできずとも、彼らは確かに幸福を感じていたはずだった。けれど、
「俺たちは生まれて来ちゃ、いけなかったんだ」
 千鶴は、あまりの衝撃に目が眩みそうだと思った。千鶴の唯一の存在である薫は、自分を否定し、千鶴も居るべきではないと、いてはならない存在なのだと言った。「どうして、私、薫といて良かったと思ってるのに」生きる上での犠牲はあまりに大きかったけれど。しかし薫は、それがいけないという。
「だって、雪村家は僕らを守って死んだ。普通は、頭首であるはずの、父さまと母さまが生き延びるはずなのに」
「違うよ、あの人たちは頭首を殺しにきたんだよ。私たちがいたせいで父さまと母さまが死んだんじゃない」
「羅刹を作ってしまった。お前は、羅刹になってしまった」
「私、別にいいよ。薫と一緒にいれるもの」
「沖田も、死んだね」
 千鶴が息を止める。短い刀で突き立てられたみたいに、心臓が苦しくなって、大量の血が一瞬にして体中を駆け巡ったようだった。
「そう、だっけ?」
 頭の中が真っ赤に染まる。チカチカと何かが警鐘を鳴らしているけれど、頭がぐるぐると渦巻いて、何が何だかわからなくなってしまった。
「お前は、沖田を殺した張本人のはずの、俺を助けて、そのうえ、俺にすがって。でも、俺は、嬉しかったんだ。沖田の代わりでも、千鶴が笑ったから、嬉しかったんだ」
「かお、る?」
「言わないつもりだった。だって、俺とお前しか、いなかったから」
「なに、言ってるの?」
「なあ、千鶴」
 薫が千鶴に振り返って、弱々しく笑った。けれど、千鶴が見た中で一番怖い目だと思った。どこか、決意を含んだような目で、千鶴を易々と裏切ってしまいそうな。
「千鶴」
「か、」
 そして、千鶴が恐れることが、起こったのだ。
 薫が、血を吐いていた。口から、塊のような血が、ごぽりと湧き上がるようにとめどなく流れる。なのに、薫はとても満足そうな目をしていた。千鶴は、泣いた。
「かお、る、どうし、て…?」
「馬鹿、だな、あ。お前。俺なんか、ちっとも好きじゃない、くせに」
「大好きだよ!薫が一番、」
「嘘、つけ。お前ほんっと、ばか、だなあ…っ」
「薫、いっちゃやだ…!薫、薫!」
 けれど薫は、自分が一番馬鹿なことを知っていた。薫は、純粋に千鶴が好きで、好きだったから。だからどんな茶番にも付き合ったし、最後まで、彼女と一緒にいようと思った。
 最後まで千鶴が沖田しか見ていないことも、苛立たしくて仕方がなかったけれど、でも千鶴が泣いて送ってくれることが、嬉しくて嬉しくて仕方がないから、あんな男、全然好きじゃなかったけれど、少しだけ感謝をした。
「千鶴、大丈夫だよ、」
 血まみれの左手で、千鶴の頬を撫でる。汚れのない黒髪が、真珠のように真っ白な肌が、赤黒い血でそまった。千鶴が薫の左手を握って、震えている。薫も、千鶴を残しつていくべきではないことを知っていた。
 沖田を殺し、自身を差した愛刀を、右手で握りしめる。もう握力が余ってはおらず、千鶴をきちんと刺せるかは、甚だ疑問だった。
 右手が、一瞬だけ目に見えぬ速度で動く。千鶴はそれに気づいてはおらず、変な緊張もしないおかげか、ズルズルと長い刀が千鶴を貫いた。ごほ、と咳をした時に、千鶴が吐血する。
「だい、じょうぶだよ、ちづ、る」
 薫を支えていた千鶴が、ばたりと斜めに倒れる。薫も支えを失って千鶴の隣に倒れ込んだ。
「おまえを一人、おいていきは、しないから」
 千鶴はなぜ自分が血を吐いているのか、まったくわからなかったけれど、薫の声を聞いて安心したみたいに、目を閉じた。心臓を貫かれた千鶴はすでに虫の息だった。薫が、千鶴に手を伸ばす。斬りつけた腹が痛んだけれど、気力と根性で千鶴を抱きしめられた。
「かお、」
 ぜえぜえと息をする千鶴が、無理に言葉を紡ぎ始めた。もう死ぬとわかっているから、薫は喋るなとも言わなかった。けれど、千鶴が次言う言葉が、怖かった。きっと薫を責め立てるに違いないから。なのに、千鶴は「わた、し」と綺麗に笑いながら、告げたのだ。
「ちゃんと、好きだった。薫、が、好きだった、よ」
 薫の目が大きく開く。憎まれていると思っていた。だって薫は千鶴にそれだけのことをしてしまったから。血と涙でぐちゃぐちゃな千鶴の顔を、薫は目一杯抱き締めると、「バカだなあ、バカだなあ、おまえは」涙声で言った。
「今度は、うまくあいせれば、いいなあ、」
 薫はぽつりと呟いてから最後に千鶴と一度だけ笑って、それから、息をしなくなった。





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