「私は、君の目が欲しい」
太刀も指さずに夜空を見ていた山南を発見した千鶴が彼に声を掛けようとした時、見計らったかのように口を開いた山南に、千鶴は一瞬固まってしまった。
「大丈夫ですよ。今日は比較的落ち着いていますから、何もしません」
宥めるような口調の山南に、硬直の理由を恐怖から来たものだと誤解したのかと思ったが、今の言葉に少なからず安心したからか、山南の元にぱたぱたと近付いた。
「こんばんは山南さん」
「こんばんは雪村君、こんな夜中に女性が外を出歩くのは感心できませんね。就寝時間も過ぎているでしょう?」
挨拶も程々に、いつもの微笑で痛いところを付いてくる山南に千鶴は息を詰まらせた。
「安心してください、土方君には報告しませんよ」
気休め程度の言葉でも、冗談が言えるくらいには元気な山南に千鶴は安堵した。羅刹になってからの彼はどうもとっつきにくく感じていたが、本質そのものは変わっていなかったからだ。
「雪村君」
安堵する千鶴を呼ぶ山南の声から、感情が取り払われているような錯覚を覚えた千鶴は慌てて彼を見た。彼が彼女の知っている山南だと、確認したかったからだ。
「先程、私は君の目が欲しいと言いました」
「………はい」
羅刹となっていない状態の山南が先程漏らした不穏な言葉に、千鶴は身体を硬くする。
「時々見える君は、いつも笑顔を浮かべています。きっと、その瞳に映る世界はさぞや美しいのでしょう。夜の闇でしか生きられない私でも、あなたの瞳であるなら目の前の世界は、美しく映るのだろうと思ったんです」
名目上死人扱いとなっている山南が、外で千鶴と会話するには誰の目にも触れない夜の闇が必要で、しかしその闇は純粋な彼女にはそぐわない。
「素直な君は、どのような言葉も真に受けてしまうでしょう。こんな妄言……本気にしないで下さいね」
「待ってください!」
いつもより寂しげな微笑で、千鶴の前から去ろうとする山南の腕を掴んだのは、千鶴の小さな手だった。
「山南さんが私が見る世界を美しいというなら、そう思う山南さんの世界は、きっと同じくらい綺麗です!……だって、私も山南さんと同じ世界を見たいから…」
最後の方はよく聞き取れなかったが、次第に小さくなる千鶴の言葉を慰めと感じた山南は彼女の頭を優しく撫でた。
「慰めてくれてありがとうございます雪村君。さあ、もう帰りなさい。羅刹隊に見つかったら危険ですよ」
「は、はい…」
とぼとぼと落ち込んでいるようにしか見えない千鶴の背に些かの疑問を感じつつ、山南はまた夜空を見上げた。
「…この世界は、君には似つかわしくないのにね」
山南は全てを覆い隠す漆黒の闇に美しく映える月を見て、今し方去っていった太陽のような少女を思った。




〜Fin〜
【後書きにする程でもない反省文タイム。】
『花葬』様に提出しました。
余談ですが、『虹彩』とは眼球の瞳をとりまく円盤状の膜のことです。
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