※捏造です。捏造の意味が分かる方のみどうぞ。
我が家の藍ちゃん先輩設定は【超甘党・潔癖症・常に薄着】です。












女の子って、どうしていつもあんなにふわふわして甘くて蕩けそうなんだろう、と通りを歩く女の子たちを見ながらわたしは思う。ふわふわして甘くて触ったら融けてなくなっちゃってしまいそう。不器用に切り揃えられた爪が鳴らない携帯電話を掠める。
この狭いカフェの隅っこで、わたしは来るかも分からないメールを待っている。とはいっても、別にそのメールの相手が決まっているわけではない。ただ単純に予定していた時間よりも早く仕事が終わってしまったから、メールを待つという口実を作ってこの場所に居座る正当性を見出しているだけだ。メールが来たら帰ろう、そう思っていたのに何時もならひっきりなしに届くメールマガジンンも今回に限っては全く届かない。壊れたのかと思って引っ繰り返してみるが、うんともすんとも言わなかった。お陰で帰るタイミングを完璧に逃してしまっている。机の上、鳴らない携帯の隣に静かに鎮座している白い箱を爪で弾いてみても、その重さ故か殆ど動くことはない。どうしたものか、吐いた溜息はとどまることなく消えた。外の道をふわふわとした女の子たちがふわふわしたスカートをひらめかせながら楽しそうに歩いていく。寒空に不釣り合いなその足が少しだけ眩しかった。
――わたしはあんなに甘くなれない。音楽にしても。恐らく異性に対しても。
「どうして」なんか一度も考えたことがなかった。それでもこの世界に入ってから、彼らの傍にいるようになってから、そのままではいられなくなった。「どうして」なんて必要のない世界にずっといられたらよかったのに。
携帯電話を爪弾く回数が十回を超える頃、漸く着信音が重たい腰を上げる。緩慢な動作で開いた待ち受け画面に表示された名前を見て、わたしはおや、と僅かに首を傾げた。

◇◆◇


がちゃりと鍵を取りだすことなく開いた扉に僅かに溜息をつきながら、ただいまかえりましたと部屋の奥に声をかける。返答はなかったが、代わりにお気に入りだという水色のコートに包まれた腕と白い手袋に包まれた掌がひらひらと振られた。
「鍵、閉めてくださいって言ったじゃないですか。…美風さん」
眼前のまだ年端もいかない少年と形容しても良い男は(とはいっても、年齢はわたしと一つしか変わらないのだ)大して反省した様子もなく、わたしが持っている白い箱にゆっくりと目を向けた。ボク、紅茶が良いな。砂糖一杯入れてね。立ち上がる様子も見せず彼はそう言ってにこりともしない。これが彼の通常なのだ、分かってはいても彼を先輩と仰いでいる同い年の男とつい比べてしまう。少しくらい彼の様な愛想があってもいいと思うのに、わたしは抗いもせず大人しく紅茶を今日も淹れるのだ。
「女の子ってふわふわしてますよね」
わたしが言うと美風さんはもそもそと動かしていたフォークを止めて訝しげに此方を見た。彼の前にはたっぷりの生クリームで覆われた(しかし食べかけ)のいちごのショートケーキと溢れそうなイチゴやらラズベリーやら、取り敢えずベリー系がふんだんに盛られたタルトが鎮座している。勿論どちらも美風さんのものだった。タルトの隣で湯気をたてる砂糖とミルクたっぷりのミルクティーも。逆に私の前には砂糖もミルクも入っていない純粋な黒を湛えたブラックコーヒーが静かに座っている。カップに口を付けて液体を少量含むと強い苦味が舌を刺激した。ぺろりと音がしたかと錯覚してしまいそうになるほど整った動作で舌が薔薇のように赤い唇を撫でる。赤とは対照的な色がのどの奥へ消えて行くのが何だか不思議だった。
「きみも女の子でしょって言って欲しい?」
「いえ、そういうわけでは…」
さくっと軽快な音を伴って、鈍く銀色に輝くフォークがイチゴを突き刺す。でろりとイチゴの周りの生クリームが零れ落ちる。
「わたしがそのイチゴショートケーキを食べるほうがきっと【らしい】んでしょうね」
間違いなくわたしの同期のあの二人は言うだろう。春ちゃんはイチゴのショートケーキお好きですよねえ?七海はイチゴのショートケーキ好きだよな?そうしてわたしはそれに頷くのだろう、彼らにとって【可愛い】女の子でいたいが為に。
甘いものが嫌いなわけではない。だからといって好きではなかった。ただ、【可愛い】女の子とはえてして甘いものが大好きである。多分わたしは可愛い女の子でいたいのだ。何にたいしても甘く在れないわたしが。
「あげないよ」
「…別に欲しくないですよ」
溜息を吐いて少しの間だけ瞼を下ろす。瞼の向こう側で美風さんの口の中にイチゴが消えて行くのが見えた。
「そういえば、美風さんが外で甘いもの食べてるの見たことないかもしれないですね」
「そういうキャラじゃないし」
思い浮かんだ言葉をなんとなしに呟いただけだったのに、眼前の彼はミルクティーをすすりながらきっぱりとそう告げた。驚いて瞼を開くと、彼はもうショートケーキを平らげてタルトに手をつけているところだった。
「…そうなんですか?」
「そうだよ。ミステリアスで売ってるのに甘いものが好きとかキャラ違いも甚だしいでしょ」
「そう、でしょうか…」
「甘いものが嫌いだって翔や那月に隠してるきみと同じ」
「嫌いではないです」
「同じ事でしょ、どっちにしても」
美風さんの口に迎合されなかったのかタルトの上からぽとりと一つブルーベリーが落ちた。それを拾うことなくもそもそとタルトを咀嚼する姿は、テレビに映る【美風藍】からは想像できない姿だった。アイドルの日本語訳は偶像であることを不意に思い出す。
「本当の姿を曝け出すって怖いことだよ。曝け出したら最後、もう取り繕えない。裸のままでいなきゃいけなくなる。そんな恐ろしいことボクには出来ないね。気持ち悪いし」
「…でも、」
そこで漸く。美風さんはわたしの瞳を真っ直ぐに見つめた。今日初めて彼の瞳を真っ直ぐにみたような気がした。
「【本当】を晒すことはとても怖い。その怖さを乗り越えてまで【本当】を晒してもいい相手がいたなら。その【本当】を知ってるのが相手だけだっていう事実はどんなものより重要だ。特別は心の支えになるでしょ」
「美風さんはいつも。そんなことを考えているんですか」
「さあね。だた、この世界に入るってことはそういうことでしょ」
まるで過去にそういうことがあったかのような口調で彼は言った。タルトの最後の一切れを一口で食べきると立ち上がる。言いたいことは半分も言えずにわたしは馬鹿みたいに口をぱくぱくと動かした。本当に馬鹿みたいだ。苦味の強い香りが鼻を擽る。
生クリームみたいに甘くなりたいと思った。音楽に対しても、異性に対しても、他の何に対しても。
「これ、見ておいたから。ま、メロディラインはなかなか良いんじゃない?翔のパートはこれで良いとして、那月のパートはもう少し考える必要があるね。赤入れといたから、明日までに確認しといて。其れくらい出来るでしょ」
「できます!」
年下なのに全くそのことを感じさせない――寧ろ彼のほうがうんと年上かと思ってしまうほどに――口調でそう告げて、美風さんは部屋を出ていく。彼が使ったフォークもコップもお皿もとても綺麗だった。
「っ美風さん!」
「なに?」
「美風さんが甘いものとても好きだって知ってるの、もしかしてわたしだけです、か」
「さあ。どうだろう。七海サンの好きな方でいいよ」
何時もの無表情で美風さんはそう言う。その瞳の奥が何だか甘い気がした。
わたしがブラックコーヒーを愛飲してるのを知っているの、美風さんだけなんですよ。結局言えないまま扉は閉まった。
生クリームみたいに甘くなりたい。鼻孔を擽るのは苦味であったとしても。






//有海
∴丁寧になりすましたベビーピンク
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