*トキ春
すきです、その言葉を彼はとても大切で大切でしかたないって言うみたいにゆっくり発音する。わたしがお気に入りの縫いぐるみを撫でる時みたいに。すきですよ、その言葉を言い終わるまでに私は何回瞬きをするんだろう。わたしもすきです、彼と同じだけの想いを込められたらいいと、思う。
顔を見たら会いたくなるから、お仕事が一区切り付くまでは会わないでいましょうね。あなたに会うのはとっておきのご褒美にするの。あなたしかわたしに与えられないとっておきのご褒美。お仕事、頑張ってください。わたしも、頑張ります。行ってらっしゃい。

*那春
貰ったもので満たされたくない。満たされるということはもうそれ以上いらないということだ、もう必要ないということだ。貰っても貰っても満たされない。貪欲なまでに欲しいと思う。泣いてもいい、怒ってもいい、でも絶対に離してあげない。醜くても恋愛って多分、そういうことだ。

*レン春
しあわせにするなんて言えないけど。でもしあわせにしたいと思うよ。それでもいい?窺うようにこちらを見た瞳に笑ってしまった。幸せなんて主観なのだ、他人に推し量れるものじゃない。誰もが幸せだと思っていなくても、わたしが幸せであるなら。きっとそれでいいのだ。わたしが笑って頷くと、ほっとしたように顔を綻ばせる彼を見て、ああどうかどうか彼に幸せを与えられるのが自分でありますようにと、刹那祈る。あなたをしあわせにしたいです、神宮寺さん。未来なんて分からなかったけど、この言葉と込められた想いだけは、間違いなく本当だったから。

*音春
俺はおはようという言葉が好きだ。きつね色に焼けたパンの匂い、卵が焼ける音、コーヒーメーカーの微かな音、ぱたぱたという足音。柔らかい布団の中で微睡みながらそんなことを考える。おかえりなさいも好きだし行ってきますも好きだけど、やっぱり一番はこれ。小さな足音が近づいて、細やかな掌がそっと頬を撫でた。音也くん、おはよう。朝ごはんが出来てます。きっと一生俺しか聞くことのない言葉。朝一番、君の声を聴けるこの言葉が、俺はやっぱり一番好きだ。おはよう、春歌。今日もいい一日になるといいね、そういって君が待つ世界へと今日も足をすすめる。

*翔春
行ってらっしゃいって魔法の言葉だ。言われた人は必ず帰って来なくちゃいけない。帰って来て、ただいまって言わなくちゃいけないんだよ、ねえ、知ってる?わたしの小さな声に彼は少しだけ泣きそうな声で、当たり前じゃんと言った。小さいくせにこういうところが大きくて、眩しい。眩暈がするほど。何もかも知ったような顔をして眉を下げて笑う彼が悔しかったから、わたしは絶対に泣いてなんかやらないと、馬鹿みたいな決心をする。押した背中はやっぱり大きかった。行ってらっしゃい、返事の言葉をずっと待ってるからね、ここで。忘れちゃ、嫌だからね。

*真春
疲れたんですか?鼻先を肩に埋めて鼻を鳴らす彼にそう声を掛けてみる。返事は相変わらずなかったが、縋り付くように回された腕の強さが少しだけ増した。子供みたい、口には出さないで笑ってみせる。平素よりは高い体温がその考えに拍車をかけているのかもしれない。滅多に見せない甘えを、わたしにだけ見せてくれるのが、嬉しかった。まさとくん、そろそろお布団、行きましょう?鈴虫の声が聞こえる。彼は小さな声でそうだな、と答えた。ああ、わたしは今この瞬間、ぐずるように甘えてくるこの人をとても愛しく思っている。なんとなく口に出して伝えてみたくなった。


おまけ