「どこにしようねー」
「お前どっからそんな大量の旅行雑誌、引っ張り出してきたんだよ」
「図書館」
「さいですか…」
犬飼の呆れ果てた声を聞きながら月子はゆっくり手元の旅行雑誌のページをめくった。
折角の夏休みだし二人でどこか旅行にでも行こうか、そんな話になったのだが一向に行き先が決まらない。一緒に旅行へ行く筈の犬飼が行き先決めに全くといっていいほど協力してくれないのが輪をかけていると月子は思う。二人きりでは初めてだったから最高の旅行にしたいと思っているのに、犬飼はそうではないのか。付き合い初めてそう短くはないのに今だにその飄々とした態度の裏側に隠された感情を掴めないでいる。
月子の恨みがましい視線に気付いたのか、手に持ったペットボトルを冷蔵庫にしまいながらなんでそんな目で見る、とからかうように彼は言う。
「犬飼くんが全く協力してくれないからじゃない!」
「協力してるしてる」
「どこがよ!」
「お前が集中できるように大人しく…痛っ!お前クッション投げんな!……つーかさ、今夏休み真っ只中だし、そんな大手旅行会社の本に載ってるような場所は人でいっぱいだと思わねえ?水族館とかさ、絶対混んでるぜ」
「じゃあどこにしろって言うの…」
犬飼はちらりと月子に視線を向けて、それから掴めない何かを掴もうとするかのように何回か口をぱくぱくと開閉した。何か言いたいことがあるのならはっきり言えばいいのに、ここ最近犬飼はずっとこうだ。特に月子が雑誌をめくっているときに。てっきり何時ものように飄々とした態度で文句や揶揄の一つや二つ言うと思っていたのに、決まって掴めない何かを必死に掴もうとしているみたいな表情をする。言いたいことがあるのならはっきり言ってほしいと月子は思う。言ってくれなきゃ分からない。だって月子は神様じゃない。自分自身の感情を把握するので手一杯で、黙ったままの相手の感情を把握し理解するなんて離れ業、出来るはずがなかったのだ。犬飼くん、喉を飛び出した声は若干非難めいたものになったらしい、犬飼は慌てたように口を開く。
「あー、だからさ。何て言うか。そんな遠出しなくても俺はいいっていうか」
「なんで?犬飼くん、旅行したくないの」
「ちげーよ!どうしてそうなるんだよ。だからな、だから、あー、こういうの柄じゃねえんだけど」

俺はお前と一緒ならどこでもいいよ

「………ねえ、それってすっごく卑怯だよ」
「ちょ、なんでお前顔真っ赤なわけ?」
「知らない!」
赤くなった顔を隠すように下を向く。視界を侵食する熱に眩暈を覚えながら、小さく笑った。きっとしあわせってこういうことだ。







//有海
利賀愁様へ。
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