ひんやりと冷たい何かの感触に気が付いて、梓はそこで漸く重たい瞼を押し上げた。身体が熱いのかはたまた周囲が暑いのか、朦朧とする思考回路では判別できない。取り敢えずのひんやりと冷たい何かの正体だけでも確認しようと辺りに視線を巡らすと、いつになく深刻そうに眉を寄せた少女がそこにいた。光を孕んだ亜麻色の柔らかい髪が彼女の動きに合わせて微かに揺れる。
「せん、ぱ、い?」
熱で掠れた声はそれでもちゃんと彼女――月子に届いた。声を聞いて少しは安心したのだろう、ほっと安堵の息を吐いて(しかし深刻そうな表情はそのままに)梓くん、大丈夫?辛いところはない?何だか泣き出しそうな声だったから、梓は思わず笑ってしまう。
「どうし、て。先輩が泣きそうなんですか」
「だってだって…!梓くんこんなに辛そうだし、おでこすごい熱いし…!わたしが代わってあげたい。心配なんだよ」
どうやら感じたひんやりと冷たい何かは月子の手だったらしい。自分が目覚める間ずっと、今にも泣き出しそうな感情を抱えたまま手を乗せつづけていたのだろうか。そう考えたらなんだか堪らなくなって無意識のうちに月子に手を伸ばしそうになる。しかし自制心を総動員して触れるか否かのところで指先を丸めた。不用意に彼女に近付けば風邪が移ってしまうかもしれない。簡単な接触で移るとも思えなかったし、そもそも同じ部屋にいる時点で十分アウトのような気もしたが、梓は怖かったのだ。今確かに自分が感じている苦しみを月子に与えることが。
月子が感じる苦しみをすべて消してしまえるだなんて、梓はそんな神様みたいな人間ではない。出来る限り取り除きたいとは思うが限界は確かにあって。ならば自分が彼女に苦しみを与える可能性くらい潰して起きたかった。
「…先輩」
「なあに、梓くん。何でも言ってね。わたしに出来ることなら何でもするよ。あ、桃食べる?来る途中に買ってきたんだ。ゼリーもあるよ」
「……そうですか。ありがとうございます。僕、桃が食べたいです」
言おうとした言葉は喉の奥で弾けて消えた。帰らせたほうがいいのだ。多分それは、絶対。でも心配そうにこちらを見詰める瞳を前にして何も言えなくなってしまう。苦しみを与える可能性は潰したいなんて言っておいてこの様だ。自身にほとほと呆れ果てる感情をひた隠し、包丁には気をつけてくださいね。
「わ、わたしだって桃くらいむけるもん!」
「わかってます。その上で言ってるんですよ」
きみに与えられる苦しみすら自分のものになればいいのに、熱で回らない思考回路でそんなことを考えている。





//有海
五月様へ。
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