ぼんやりしながらアカイトは冷蔵庫の扉を開けた。眠れないのは暑さのせいだろうか、纏わり付く熱気をどうにかしたくて、よく冷えたペットボトルを取り出す。冷たい。
「…寝れないのか」
ペットボトルに口を付けたまま振り返ると、猫のように目を細めた男がいた。「こころ」と書かれた本を持っている指先は雪のように白い。何だかその白さが眩しくてアカイトは目を反らした。眠れないわけじゃない、嘘だと簡単にバレるような言葉を呟いて水を一口飲む。鋭利な刃物のような冷たさが喉を滑り落ちる。
「結局眠れねえんじゃん」
「…そういうメイトだって眠れないから起きてるんだろ」
「俺は読書してただけ」
床に無残にも落とされた本がバサリと音を立てた。その姿は熱された鉄板のようなコンクリートの上で干からびている蚯蚓によく似ている。
大事に扱え、と言おうとして結果何も言うことが出来なかった。言っても無駄のような気がしたのだ。アカイトはメイトのことがよく分からない。似ているのは髪の色だけで、そのぶちまけられた血汐のような赤は、時折洗練な感情を伴って思考を侵食する。視界を覆う紅に、目を背けることも出来ない。

(アカイト)


――心など備わっていない筈の体が痛んだ。

「暑いな」
心底暑そうにメイトが呟いた。近付くぺたぺたという足音にも気付かない振りをしてペットボトルを冷蔵庫に仕舞う。ぱちゃん、水が微かな音で鳴いたのが先か、真夏のような指先が頬に触れたのが先か。振り払う術も持たずに瞼を下ろした。どうせ自分もきっとこの熱に全てを奪われて死んでしまうのだ。
「メイト、暑い」
「暑くしてるから」
「…嫌がらせか」
「愛情表現」
「……どこが」
驚くほど冷静な言葉が口から滑り出た。それなのに体が動かないというのは、どうやら頭が熱でやられているからなのだろう。本来ならこの熱を享受なんかしたりしない、享受なんか出来る筈がないのだ。浮かされるような熱なんかに。メイト、呟いた三文字はみっともなく掠れている。なに。暑い。あっそ。離せ。嫌。何がしたいんだお前。キスしたい。
「……はあ?」
「なあ、キスさせて」
ゴウンゴウンと冷蔵庫が静かに歌っていることに漸く気が付いた。眼前の男は相変わらず猫のように笑っているけれと、それは間違いなく肉食動物のものだった。憐れな草食動物がどう足掻いても勝つことが出来ない獰猛さ。鋭利な刃物のような冷たさを持つペットボトルが恋しくて、夢を見た白さに手を伸ばす。やはりというべきか、触れたものは温かい。いっそ火傷するほど熱ければよかったのにどこまでも優しい温かさだったから、どうしたらいいのか分からなくなる。
擽ったい、言うが早いか噛み付くように重なったそれに抗う術も忘れて縋り付いた。

――嗚呼、今日も暑い。







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