さつ、呟こうとした言葉は寸前で止められた。長い指が唇をなぞる。眼前の光を宿さない瞳が面白そうに揺らめいた。
「しずかに」
俺が来ていることは、秘密にしろよ。押し倒されたままでは反抗らしい反抗も出来ないことを目の前の男は知っているのか。赤くなる頬を自覚しながら睨みつけると、彼はより一層楽しくなるようだった。なぞるだけだったはずの指先が確かな意志を持って唇を割り、弄ぶように舌先を擽る。息苦しさを覚えて噛み付こうとして、結局捕まえることは出来ない。滲む視界、熱を帯びる吐息、眩む瞳。名前を呼ぶことすら、わたしには。
「はるか」

彼の後ろに見える満月は、何だか酷く淋しいもののように見えた。夜空に浮かぶ孤高の宝物。彼みたいだと思ったけれど、それを伝える術すらわたしは持たない。ほろりほろり、眦からこぼれ落ちる雫を、彼は何もいわずに舐めとった。それと同時に舌先を擽る指先もいなくなる。さつきさん、舌ったらずの声に眉を蹙めることもない。
「……花に嵐のたとえもある」
「……え?今何を、」
「はるかは」
「は、はい」
「…………いいや、全部忘れろ」
「さつきさ、」
「忘れちまえ」
貪るように重なった唇にそれでも応えようとして、縋り付くように彼の洋服にしがみついた。そうでもしないと彼が何処か遠く、知らないところへいって仕舞いそうで。行かないでなんて言うことも出来ない、弱くて臆病なわたしの精一杯にどうかどうか彼が気付きますように。
「――きっと独占したくなるから」
譫言のように囁かれた言葉を最後に、わたしの体は純白へ深く沈んだ。


ああもう、帰ってこれなくたって構わないわ。


グッバイブルーバード




//有海 title:約30の嘘
花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ。
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