「小旅行…?」
にこやかに眼前の女性から吐き出された言葉を月子は繰り返す。言葉を吐き出した麻は何が楽しいのかいまだににこにこと笑っている。
「そうそう。山の方で星見のお祭りがあるんだって。山の方だったら星もよく見えるし、今新しく開発中のプラネタリウムの資料にもいいんじゃないかな。やっぱり本物には敵わないでしょ。ついでに星見祭りにも行ってさ。ちょっとした避暑だと思えばいいよ」
「それは…その。だ、誰が行くんですか?」
「ん?プラネタリウム開発チームだよ。他のひとたちが行ったって意味ないじゃない」
「えぇ?!じゃ、じゃあわたしもですか?!」
「そうだよ。月子ちゃんとわたしと、怜二と鷹介さん」
「宮地さん、も」
「…どうかした?」
二人でプラネタリウムへ出掛けて以来、何だかよくわからない気まずさを鷹介に感じていた月子はどうしたらいいのかわからず、何でもないですと俯くことしか出来ない。
鷹介はあの日のことを何も言わない。それは確かに有り難いことではあったのだけれど、何故だか少しだけ落胆している自分がいたことに驚きを隠せないでいる。高校時代からずうっと好きだったひと。――否、今でも好きなひと。何時でも真っ直ぐで、砂糖菓子みたいに甘い声で名前を呼んでくれて、太陽みたいに眩しいそのひとが、本当に本当に好きだった。告げることも叶うこともなかったそれを後生大事に抱えて生きている月子を、沢山のひとが呆れ混じりで笑った。笑わなかったひとは鷹介が初めてだったのだ。
「俺がどうかした?」
不意に背後から聞こえてきた声に文字通り月子は飛び上がった。どうしてそんな反応をされたのか分からない鷹介は目を白黒させている。鷹介さん、驚かせちゃ駄目ですよー、からかうように麻が言う。
「えっと…ごめんね?って、俺何もしてないんだけど」
「月子ちゃんを驚かせました。ねえ?」
「い、いえ、わたしはべつに…」
「えー!鷹介先輩女の子泣かしたんですか!こりゃまた昼間っからやらかしましたねえ。どうでもいいですけど」
「どうでもいいなら首突っ込むなよ怜二…」
「そりゃ無理な相談ですぜ」
後から首を突っ込んできたのは月子と同時期に入社してきた朝木怜二という男だった。冷たい印象を与える外見とは裏腹に厄介事に首を突っ込むことが大好きらしく、噂の絶えない人物でもある。厄介事に首を突っ込んで殆ど火傷しないで帰ってくるのだから、相当頭の回転も早いのだろう。胡乱気に自分を見遣る鷹介の瞳に気付いたのか、怜二は何を考えているのかよく分からない顔をして一度だけ楽しそうな笑い声をもらした。
「で、怜二も聞いた?小旅行の話」
「勿論ですって。いいですね、研究って名目で旅行出来るんでしょ。暑いのにも辟易してきてましたし、丁度いいんじゃねえですか」
「…月子ちゃん」
怜二の台詞を遮って声を掛けてきたのは他でもない鷹介だった。麻と月子のやり取りの一部始終をばっちり見ていたのだろう、少しだけ困ったような笑みを浮かべている。
その時。このひとにこんな顔をさせているのは自分なのだと、心臓を素手で掴まれたような気分になった。違う、わたしはこのひとにこんな顔をさせたいんじゃないの。わらっていてほしいの。何でもこんなことを考えるのか月子は自分でもよく分からない。涙に気付かれたあの日から、喉の奥で音にならない言葉が跳ね回って胸の奥を焦がす。伝えたいことは確かにあって、けれどもそれがなんなのか月子には分からない。
「行きたくないならいいんだよ。丁度夏期休暇に行くようなもんだから、夏休み潰れちゃうし」
優しい優しい声に怜二は何もいわず鬱陶し気に前髪を払った。麻は何かを言いかけて結局言えなかったのだろう、静かに口を閉じる。
鷹介は優しい。その優しさが苦しかった。優しくしてもらえるほどの何かを自分はしていない。寧ろ傷付けているかもしれないのに。どうしてあなたはそんなに優しいの。
「……行きます」
「月子ちゃ、」
「行きます。だってとっても楽しそうですもん!参加しなくちゃ損!ですよね?」
おどけて言ってみせる。鷹介は黙ったままだったが、目に見えて安心したような表情を浮かべた。そうだ、わたしはこのひとにずうっと笑っていて欲しいのだ。
「夜久サンって」
「朝木くん?」
「……いーや、別に何でもねえですけどね」







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