犬飼くんは料理がうまい。わたしはそれがとても不公平だと思っている。
「…は?」
机の上に並べられた料理のひとつ、添え物の人参のバターソテーにぐさりとフォークを突き刺しながらそういうと、眼前の彼は不思議そうに眉を顰めた。ことり、と机の上に置かれたサラダは言うまでもなく美味しそうだ。仕上げ、柔らかい声で呟かれた言葉と同時に掛けられたのは手づくりのドレッシングらしい。食欲をそそる薫りが鼻孔を擽る。
「なにが不公平なんだよ」
「だって、お料理すごい上手だし、」
「それは一人暮らしが長いからだろ」
「わ、わたしだって一人暮らししてたもん!」
「いやお前には東月いんじゃん。オカン」
「う…っ」
確かに一人暮らしをしていた時期はわたしの料理下手を見兼ねた錫也が、週に二、三回ご飯を作りに来てくれていて、わたしはそれに甘えていた。それくらい錫也のご飯は美味しかったのだ。努力の差はこんなとこに現れる…と半ばうちひしがれながら人参のバターソテーを口に放り込んだ。
「頭だっていいし」
「少なくともお前の方が成績はよかった筈なんだけどなー」
「弓道だって上手だし」
「宮地の方が何倍もうまいと思うぞー」
彼の優れていると思う部分をあげていく度、飄々とした態度で逃げられてしまう。何だか悔しくてもそもそと人参を咀嚼しながら睨みつけると彼――犬飼は面白そうに笑って、サラダに盛られたプチトマトを口に運んだ。フルーツトマトでもよかったかな、独り言は二人の部屋に溶ける。
「…それに!」
「それに?」
「眼鏡だし!」
「…はあ?何だそりゃ」
「眼鏡はずるいもん!かっこいいもん!」
「ああそうかいそうかい。だが残念だ。俺の眼鏡はお洒落眼鏡じゃなくてただの近視用だ」
掛けてみ、面白そうに笑いながら渡された眼鏡を恐る恐る掛けてみると、ぐわん、世界が歪む。心なしか頭も痛い。慌てて外すと今度こそ腹を抱えて犬飼は笑い出した。涙さえ浮かべている。
「わ、笑うことないじゃない…」
「いや…っ、あんまりにお前が面白いから…!スマン…!くくっ」
「もう!」
恥ずかしさを紛らわすためにプチトマトを口に放り込む。よく冷えていて美味しい。
「まあ、俺その眼鏡ないと何にも見えないし。明日も見えない」
「どっかの漫画で聞いた台詞だね。……じゃあわたしは?」
「は?」
「眼鏡がなければわたしの顔も見えない?」
もしゃもしゃとプチトマトを咀嚼しながらなんて馬鹿なことを聞いているんだろうと、馬鹿らしい気持ちになった。犬飼は一度、驚いたように固まって、それからゆっくりと手を伸ばす。定位置に収まった眼鏡が蛍光灯の光を浴びてきらりと輝いた。
「…いや、お前は眼鏡がなくても見えるよ。気づく」
「……え」
「なーんてな」
「い、犬飼くん!もう一回!もう一回言って!」
「やなこった」
楽しそうに笑って台所に逃げていく彼の後ろ姿をわたしは必死に追い掛ける。フルーツトマトに変える必要はないなと思いながら。






それでは美味しく召し上がれ






//有海
nika様へ。
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