※月子→←不知火×not月子

それにしても、と隣に座る月子は割り箸を無意味に小さく振った。からり、とグラスに入った氷が鳴く。
「一樹会長にこんなところでお会いするなんて思いもしませんでした」
「俺もだよ。しっかし久しぶりだな。お前が高校卒業以来だから…えっと…」
「五年振りくらいにはなるんじゃないですか?お互い、歳を取りましたねえ」
そう言って月子は笑う。笑い方は高校時代から全く変わっていない。――月子と久しぶりに道端で出会ったのは、ほんの二、三時間前のことだった。久しぶり、そう先に声をかけたのはどちらだったか、最初は立ち話をしていたのだが、何時まで経っても話は尽きず、お互い夕食もまだだった為に、夕食を食べながら話の続きでも、ということになった。入った居酒屋は値段も手頃で、お財布に優しいですねと月子は嬉しそうに笑っていた。
「……それでも、驚きました」
お互いの近況や仕事の話、それこそ今まで話すことが出来なかった分を取り戻すかの如く話続けた。まるであの頃に戻ったかの様で、懐かしくなる。あの頃に失ってしまったものを今なら取り戻せそうな気さえした、その時だった。急に月子の声のトーンが下がる。今まで五月蝿かった周囲の声が遠ざかっていくのを感じた。
――聞きたくない。
一瞬一樹は確かにそう思ったのだ。その話を聞いても、もうどうにも出来ない。ただ、無性に悲しくなるだけだ。どうしようもなく虚しくなるだけだ。
一樹の気持ちを知ってか知らずか、月子はそのまま続ける。
「一樹会長が結婚するなんて」
「……俺もいい歳だろ?」
みっともなく声が震えていないか、心配になる。一樹の結婚相手さん、なんか夜久さんに似てるね、そう言った誉の、少しだけ淋しそうな声が脳裏に蘇った。
「わたしたちの【お父さん】は、誰かの、たった一人の【お父さん】になっちゃうんですね」
「なんだ月子、淋しいのかー?」
冗談のつもりだった。もうどうしようもない現実を見たくなかったのかもしれないし、まさか真剣に返されるとも考えていなかった。しかしその言葉を聞いた月子は泣き顔のような表情になる。そして、そんなの当たり前じゃないですか、と小声で言った。
「一樹会長はわたしたちの【お父さん】ですから。そりゃ淋しいですよ」
「……お前もいい加減親離れしろよなあ」
心臓を凍えた掌で捕まれたような気がした。みっともなく指先が震える。今更どうにもならないのに、もうどうしようもないのに。亜麻色の長い髪が微かに揺れる。店内の淡い光が月子の横顔を、優しく照らし出していた。
「奥さんのこと、少し羨ましいなあって思うこともあるんですよ」
「……何でだよ」
「だってわたしじゃ出来なかったことを簡単に成し遂げちゃったんですよ?そりゃ羨ましくもなります」
淋しげな、優しい声。どこか悲しい表情で微笑む月子に対して搾り出したのは、月子はそういう相手いないのか?というなんともみっともない言葉だった。
「残念ながらいませんよー。いい加減現れて欲しいところなんですけど……わたしはずっと叶わない片想いをしているから、きっと、無理だと思います」
最後に呟かれた言葉は確かに一樹の耳に届いていたけれど、敢えて気づかない振りをする。あの時、差し出された優しい掌を拒むことなく握り返していれば、今も変わることなく月子は隣にいたのだろうか、そんな愚かなことばかりを考えてしまう自分に対して小さく溜息を吐いた。月子ではない相手を選んだのは紛れも無く自分なのだから。溜息は届かなかったのだろう、月子は微かに笑ってこう、一樹に告げた。
「御結婚おめでとうございます、一樹…不知火会長」









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