夏だな、と窓際に立っている琥太郎が誰に聞かせるわけでもなく呟いた。資料纏めをあくまでも自主的に手伝っていた月子は、手の動きは止めずに視線だけ向ける。ゴォーッゴォーッと静寂に僅かな彩りを添える音をクーラーが吐き出していた。
「先生は暑いのお嫌いですか?」
「暑いのも寒いのも嫌いだ」
「…ふふふ、そうでしたね」
何度言葉を交わしたところで彼の視線がこちらを向くことは一度だってない。それでもいいと望んだのは紛れも無い自分だったけれど、時折別の感情が心の奥底から首を擡げる。その度に何度も何度も蓋をして、気付いたらなにもかも隠して笑うことだけ上手になった。
――琥太郎からどう足掻いても同じだけの感情を返してもらえないと気付いたのは、去年の秋のことだ。
自分がどう頑張ったってこれっぽっちも琥太郎の視界には入らない。どれだけ言葉を尽くし心を砕いても琥太郎には届かない。諦めたられたらどんなに楽になるのか、その現実に直視するのが怖くて月子はあの日から目を開けるのを止めた。閉じていれば見たくないものは視界に入らないと本能的に知っていたからだ。逃げているばっかりじゃどうにもならないことは、多分分かっていたのだけれど。
「そういえば陽日先生が花火大会をやろうって仰ってました。折角広いグラウンドを無駄にしたくないって」
「まったくアイツは…いつも突拍子もないけとばかり思い付くな…」
呆れたような声音。でもそれが本心ではないことを、わたしは知っている。些細な音の変化で気持ちを読み取ることばかりこんなにも上手になっていく。報われる日なんて一生くるわけがなかったのに。
「先生も参加しますか?花火大会」
「まさか本気でやるのか?」
「陽日先生が自分で言い出したこと、簡単に覆す筈ないじゃないですか。先生もどうですか?きっと楽しいですよ」
その言葉を受けて漸く彼は振り返る。夏の日差しが空色の上で軽やかに踊った。
――眩しそうに目を細めて刹那笑った彼の柔らかい表情を、永久に留めておくことが出来たら、どんなに幸せだろう。
「…いや、俺はいいよ。お前たちの折角の思い出つくりを汚すわけにはいかないからな」
「汚すなんて、そんな」
「来年になればみんなバラバラなんだ。一緒にいられる時間を大切にしなさい」

そんなことを言って。先生とだって来年にはもう離れ離れなんですよ。一緒にいたいって、一緒にいられる時間を少しでも増やしたいって。ねえ、そんなことをずっと考えてるんです。

なんて言えるわけがなかったのだ。


「先生の引きこもりー」
「はいはい」
彼はわたしの幸せだった。けれどもわたしは彼の幸せにはなれなかった。
これは、ただそれだけの話。







//有海
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