視界の端でちょろちょろと動く気配があったから、琥太郎は視線を落としていた本から漸く視線をあげた。蒸し暑さが残る野外とは対照的に冷房が適度に効いているこの部屋は実に快適である。昼寝にも最適だと頭のどこかで考えながらぐるりと視線だけを動かして元凶の小動物(みたいなものだと琥太郎は思っている)を探すと、彼女は部屋の隅っこで何やら律儀に体育座りをして小さくなっていた。この暑さの中(といってもそれは野外に限られる)で何故か羽織っているカーディガンの袖先から伸びる指先は雪のように白い。そのカーディガンの理由にとっく感づいている琥太郎ではあったが、その拗ねたような表情には明らかに不満が見て取れて、ただでさえ何とかもぎ取ったこの権利を剥奪されてはかなわなかったから、敢えて琥太郎は気づかない振りをした。彼女、月子は琥太郎の視線に気付いたようだったがやっぱり何も言わない。二人しかいない部屋の中で、どちらも喋らなければ必然的に沈黙が落ちる。ゴオーッゴオーッと耳障りな音を立てながらクーラーが冷たい空気を次々と排出していった。
「せんせえ」
思ったよりも幼い声が鼓膜を揺らした。ちらりと視線をやった先には茶色のカーディガンの袖から覗く白い指先。その指先が縋るように首筋をなぞるのを思い出す。
「どうした?」
「さむい」
「この温度で妥協したのはお前だろう?」
「でも、だって」
「でも、も、だって、も、ないだろう。……カーディガン貸してやったんだから、我慢しなさい」
「先生のいじわる」
「どうしていじわるなのか考えてもらえると俺は嬉しいぞ」
環境に全く優しくないギリギリまで下げられた温度。わざわざ引っ張り出してまで貸してやったお古のカーディガン。誘うように細められた柔らかな瞳。導かれる公式はいつだって一つだけの筈だ。分かってもらえないならそれでいいし、分かってもらえたならその時は――。
「なんだ、夜久。こっちをじっと見て」
「……」
「……構ってほしい?」
「、うん」
「…じゃあ、月子。こっちに来なさい」

せんせいは、ずるい


耳元で囁かれた言葉に琥太郎は小さく笑う。そうだ。大人はすべからくずるいものなのだ。

ずるくていい。お前だけなんだから。



さあ、夏が始まる。






//有海
蒼麻様へ。すみません、わたしの甘々ではこれが限界でした…。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -