「……今、何て言ったの?」
「だから僕は、あなたが好きだと言ったんです」
「…………そう」
目の前で稀に見る真剣な顔で言葉を吐く少年(と呼んでいいのか分からない)の顔を飴色の夕焼けが穏やかに染め上げていた。一瞬、自分は夢を見ているのかと錯覚してしまいそうなその風景は、けれども紛れも無い現実だ。夢であればよかったのに、呟こうとした言葉は夕焼けに消える。
「鈴先輩?」
「……………なに」
「返事を、聞かせて欲しいんですが」
「……せっかちだね、木ノ瀬くんは」
出来ることならなかったことにしてしまいたい、それが鈴の本音だった。別に木ノ瀬が嫌いだとかそういうわけではない。ただ、好きではないとそれだけのはなしなのだ。鈴が恋をしている人間は別にいる。とても優しくて可愛い、まるで天使みたいな。

(――天使みたいな、女の子。)

何時から好きなのかと聞かれたらうまく答えられる自信がない。つい最近からのような気もするし、ずうっと前からのような気も、する。ただ、どんなに思ったところでこの恋が叶う日など永遠に来ることがないとわかっていたのだ。
伏せていた瞼を僅かに押し上げて鈴は眼前に立っているまだあどけなさの残る少年のを見つめた。切り揃えられた前髪の下に覗く、オニキスの如き眸が眩しい。どこまでも澄み切ったその純粋な眸が忘れてしまった何かを思い出させるような気がしたけれど、それを思い出すには少しばかり大人になりすぎてしまった。
好意を向けられるのは嫌ではないし、寧ろ有り難いとすら思う。自分のような人間を好きになってもらえるだなんてそれだけでまるで奇跡みたいだ。けれども、同時に申し訳ないと思う。鈴にはどうやったって同じ気持ちを返すことなんか出来やしない。ただ一人、この心臓に決めた人以外を愛するだなんて器用なことが出来るとは到底思えなかった。

(だから)


――わたしが彼に返す言葉は決まっているのだ。たとえその言葉を胸のうちで反芻する度、言いようのない僅かな痛みが胸を走るのだとしても。

(わたしが彼女以外を見ているなんてことは、あってはならないのだから)

「……お互い」
漸く発した言葉はみっともなく掠れていた。
「悲しい恋をしているんだね」
「……なんの、話ですか」
「恋のはなしだよ」
たった一言、拒絶の言葉すらまともに口に出来ない自分に鈴は嫌気がさした。一人でいたいと願いながら、本当は誰より一人が嫌いなのだ。伸ばした掌が掴んでもらえないのは、とても苦しいのだ。ばかみたい、口にした言葉はきっと誰にも届かなかったに違いない。
「……それは」
「ごめんね、きみの気持ちは嬉しいんだ。本当に、本当に嬉しいんだよ。ただ、駄目なんだ。わたしは、わたしは」

だって、あの子以外、見たくない。

きのせくん、譫言のように呟いた言葉を果して彼は聞き取ったのだろうか。無言で包まれた掌を鈴は払うことも出来ない。
それは飴色のひかりが教室を染め上げたある日のこと。







//有海
風宮様へ。
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