大体、と鈴ははぁと溜息を吐いた。何が嬉しくて、好きな子の惚気を聞かなければならないのか。目の前に座って可愛らしくサンドイッチを頬張る月子が、どうかしたの?と不思議そうに首を傾げる。その姿を取り敢えず脳内の永久保存フォルダに保存しつつ、珈琲(ミルクや砂糖を入れるなんて自殺行為だと思う)を啜って、何でもないよ、と濁してから話の先を促した。先程までは一体何の話をしていたのだったか、えーっと、確か、
「それでね、一樹さんがアメリカで発売されたばかりの腕時計を贈ってきてくれたの!しかも限定版!」
「…そうなんだ」
そうだった。確か、あのいけ好かない(そして自分が何をしたって敵わないと知っている)不知火一樹が、鈴の想い人(そして一生報われることなどないのだと知っている)夜久月子に腕時計をプレゼントしたとかいう、月子にとってはなにより喜ばしい、鈴にとっては至極どうでもいい話だった筈だ。同じことを繰り返すようだが、何が嬉しくて好きな子の惚気を聞かなければならないのか、また溜息をつけば月子が訝しむのは目に見えていたので、代わりに熱い珈琲を喉に流し込んだ。慣れた筈の味が苦く感じる。腕時計か、彼らしいんじゃないかな、そう零せば、どうして?と凛とした声が返ってきた。
「うん?だって時計はそういうものでしょ」
「そういうものって?」
「あれ?月ちゃん知らない?彼氏が彼女に服を贈るときは、その服を脱がせたい、ネックレスを贈るときは首輪とかそういう意味があるって。腕時計は…時計は時を刻むものでしょう。だから腕時計…まあ時計だね。時計を相手に贈るのは、相手の時間を自分のものにしたいだとか、そういう意味があるみたいだよ」
これだから男って嫌だよね、全てが打算的に感じられるから、そう続ける鈴の声は月子には届かなかったらしい。雪のように白い顔を今は真っ赤に染め上げて、ただただ彼に贈られたという腕時計を見つめていた。
――正直、月子のそういった姿を見るのが辛いと思う時がないわけではない。自分が男であったなら月子と結ばれていたのではないのかと思う時がなかったといえば嘘になる。性別とは厄介だ。それだけで全てを阻む。愛に性別や年齢は関係ないというが実際問題そう簡単なものではないと思う。恋愛対象が同性だった場合、まず相手にされないからだ。相手にされないというか、仲が良いという現状を壊したくないのだ。一歩を踏み出すことで全てを失うくらいなら、最初から踏み出さないほうが幸せに決まっている。鈴ちゃんは誰か好きな子とか、いないの?、まだやや顔が赤い月子の問い掛けに曖昧に笑ってごまかす。きみだよ、とはどうしても言えなかった。
「いないわけじゃないよ」
「そうなの?!どんな子?」
女の子は可愛い。何もかもが柔らかくて温かいもので出来ている気さえする。自分なんかとは違う、それが何時だって眩しくて――愛おしかった。
「優しい子だよ。優しくて何時だって他人のことを考えてあげられる。温かくて…そうだねえ、明るくて、本当に素敵な子」
「……その人、一樹さんになんか似てるね」
「冗談止めてよ、何が嬉しくてあの人に似なきゃならないのさ……あぁ、まあでも、似ちゃうのは仕方ないのかもしれないね、だって、」
きみはずっとずっと彼と一緒にいるんだから。その言葉は口の中で音にならずに消える。続きを促す月子に何でもないよ、ともう一度曖昧にごまかして(好きな人が不知火なのでは、という誤解は全力で解いた)、鈴は少しだけ淋しそうに笑いつつ珈琲を見つめた。己の心のようだなあ、吐かれた溜息を誰が拾うこともなかった。








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