10:28


もそっとかじったアンパンは何とも言えない味がした。
「動きないねー」
「ないなー」
平助と千鶴は今まさに巷を騒がしている麻薬密売人の隠れ家に張り込んでいるところだった。千鶴は元々張り込み担当だったわけではなかったのだが、担当だった沖田が急に本部に呼び出されてしまった為に急遽呼び出されたのだ。千鶴に仄かな恋心を抱いていた平助がこれを喜ばない筈がない。最も、沖田には公私混同しないようにと釘を刺されたけれども。
千鶴の雪のように白い指先が床に伸びて、散乱していたアンパンの袋を一つ掴む。アンパンは張り込みと言ったらこれだよね、と千鶴が大量に買ってきたのだ(勿論牛乳のオプション付き)。食べても食べても減らないアンパンに買ってきすぎたという自覚は流石にあるらしく、次はバナナにするねと妙に的外れな言葉を双眼鏡を覗いたまま千鶴は呟く。
「暇だなー」
「ちょっと平助くん、そんなこと言っちゃ駄目だってば」
「かれこれ三日も動きがないんだぜ?そりゃやってられなくね…」
「もう…」
千鶴と一緒に居られるのは確かに嬉しかったけれど、これは仕事である。現を抜かして密売人を逃がすわけにはいかない。かといって密売人に何か動きがあるわけでもなく、ぶっちゃけて言ってしまえば暇なわけだ。仕事に熱心な千鶴は平助のように暇だとぼやいたことはない。初めての張り込みで緊張しているのもあるかもしれなかったが。
「千鶴は頑張り屋だよなあ。俺はもう頑張れないわ…もう三日だぜ。俺もう無理。暇」
呆れたのか今度こそ千鶴は何も言わなかった。
静寂だけが部屋に横たわっている。時折響くのは千鶴がアンパンの袋を開く音だったり平助が牛乳を啜る音だったりした。静寂は好まなかったが(どちらかと言えば平助は騒がしいほうが好きだ。賑やかな方が孤独も紛れるし、何より楽しい)、千鶴と二人きりの静寂は意外と気に入っていたりする。まるで世界に二人だけみたいな、二人以外には誰も居ないかのような、まさかそんなことがある筈もなかったのに。
千鶴が自分のことをどう思っているかなんて知らない。こうして一緒に張り込みをしてくれるくらいだからまさか嫌われていることはないとは思う。それでも嫌われないという自信はあったが、好かれているという自信はまったくなかった。
「…平助くん」
「んー?」
「わたしね、今回この張り込みを担当出来て良かったなってちょっと思ってるの。たとえ沖田さんの代わりだったとしても」
「…何で?」
「……さあて、なんででしょう?」
悪戯が成功した時のような表情で千鶴は笑う。伸ばされた指先は今度はあんパンではなく、平助の掌を滑った。自惚れてもいい?、掠れた声で囁いた言葉はちゃんと耳に届いたんだろう。千鶴は少し赤く染まった顔で一度頷いて、今度こそ本当にあんパンに手を伸ばした。
「早く、犯人捕まえような」
「…うん!」










//有海
「恋は罪」様に提出させて戴きました。遅くなって大変申し訳ありません。素敵な企画有難う御座いました!
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