梓の家を出てからまた数日が過ぎた。ここ最近ずっと野宿が続いている。次の村はまだ見えてこない、雪が降って来ないことだけが救いだった。ちろりと隣に座る月子を盗み見る。長くのばした亜麻色の美しい髪は、それ自体が光を内包しているかの如く光っているように見えた。ぼんやりと空に向けられたその表情は、雪を降らせる厚いどんよりとした雲の向こうに、何かを見出だそうとしているようにも見える。月子、特に意味もなく名を呼んでみると、丸い大きな瞳がこちらを向いた。まるで眩しい何かを見るように目を細めて、なあに?、囁かれた声は甘い。
「星、綺麗だな」
「そうだね。冬は空気が澄むから星がとても綺麗に見えるね。星との距離もとても近付いたような気がする」
村の中とは違って、森の中では光は闇に全て吸い込まれてしまう。辺りは体が蕩けてしまう程に暗い。その中で天に向かって目一杯伸ばされた雪のように白い月子の腕だけが目に眩しい。月子に倣って腕を伸ばしてみるけれど、星を掴むためには翼の腕は少しだけ短すぎたようだった。
「……月子はさ、」
「うん?」
「どうして俺が春を呼ぼうとする道具を作ろうって躍起になってるのか、理由を聞かないんだな」
梓に言われたのだ、何も話していないのか、と。梓に言われるまでその事実に気付かなかった。月子は今まで尋ねてこなかったし、取り立てて話す必要性もないと思っていたのだ。月子が隣にいて、たまに失敗する翼の実験の後片付けを手伝ったりして、そんな毎日が変わらずに過ぎていくと思っていたから。黙っているというのは楽かもしれないし、傷も付かないと思うよ、でも翼は本当にそれでいいの?、梓の穏やかな声が脳裏に蘇った。
「言いたくないのかなって思ってたから……わたしが聞いてもいいの?」
「うん。月子に聞いてほしい」
翼に両親はいない。育ててくれた祖父母によると、翼が生まれてすぐ雪害のせいで亡くなってしまったらしい。真偽のほどは分からなかったけれど、翼は今もそう信じている。翼の祖父は今の翼の様に実験がとても好きな人で、それを見込まれて王宮に仕えていた。今も王宮で使われている自動床拭き機や自動食器洗い機は翼の祖父が造ったものだ。王からの信頼も篤く将来は約束されたようなものだった。――しかしある日事件が起きた。
「【清明】?」
「うん。急に王様が言い出したんだ。この世界に春が来ないのは全て【清明】のせいで、だから【清明】さえ殺せば春が来るんだ―!って。じいちゃんはね、それは違うってずっと言ってた。誰かを犠牲にすることで春が訪れるなんておかしい。季節っていうのは人間の意思に関係なく巡り行くもので、自分たちに出来ることは待つことぐらいだって」
「…うん」
「でもさ、王様は何て言ったと思う?ならお前が春を呼び寄せてみよ、出来ぬのなら出て行けって。ぬはははは!王様が言うような台詞じゃないよなあ」
心優しい祖父は承諾し、来る日も来る日も実験に没頭した。その努力の甲斐あってか道具は完成した。けれど、
「――春は、」
「………」
「じいちゃんは王宮を追い出された。お金は沢山貰えてたから生活に困ることはなかったけど、じいちゃんはずっと言ってた。自分が春を呼び寄せられなかったから罪のない人が死ぬんだって。【清明】が殺されてしまうって後悔してた。俺はずっとそれを見てた。俺は、」
祖父の悲しげに笑った瞳、余計に小さく見えた背中を今でも思い出せる。思わず嗚咽が零れそうになったその瞬間、月子の優しい温かい掌が、そっと翼の指先に触れた。それ以上月子は何も聞かずに、話してくれてありがとうと。優しい声で言った。








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