※ぐるぐるする鈴のはなし。


あの子とわたしはちがう。氷が溶けて随分と味が薄れたミルクティーを啜りながらわたしはそう考える。あの子は頭がいい。あの子は優しい。あの子は、可愛い。わたしとは異なる白い、柔らかな指先。伏せがちな瞼から覗くオニキスに宿る光が眩しくて、そっと視線を逸らした。窓の外では雨が降っている。この雨もいつか雪に変わるのだろうか。
「………雪ってね、」
手元に置かれた本から目を逸らさずにあの子は呟く。真夏の陽射しのような明るい声。耳に留まり続ける、声。
「氷が周囲の温度が零度以上にならないまま地上に達した時に、雪と観測されるんだって」
「……へえ」
あの子は物知りだ。あの子の口にする言葉はわたしの知らないものばかりで、感心さえしてしまう程の物だった。――それが少しだけ、淋しい。
「雪は他にも呼び方があってね、六花、風花、天花、青女、白魔とか。色々あるんだよ」
「……つきちゃんは物知りだねえ」
「全部この本の受け売りなんだけど」
そう言ってあの子は漸くオニキスにわたしを映す。一体わたしはあの子から見てどのように映っているのだろう。分かるのは彼女のように可愛らしいものではないということだけだった。
可愛らしく在りたいと思う時期は疾うに過ぎてしまっている。いや、過ぎてしまったのではなく自ずから遠ざかってしまったのが正しいのか。どちらにしろもう戻れないことは確かだった。長く伸ばしすぎた髪が鬱陶しい。それでも切らずにいたのは、総てを隠してしまいたいという気持ちの顕れであることには違いなかった。
(わたし髪の長いひとすきだなー)
隠してしまいたい気持ちとは何だったろう。黄昏の中、わたしよりも数歩先を歩くあの子の背中を追い掛ける。いつもあの子はわたしの数歩先を歩く。わたしはそれをただ追い掛ければよかった。他には何も必要なかった。――それだけでは何にもならないと気付いたのは、つい最近のことだ。
(……そうな、の?)
(うん!長い髪って綺麗じゃない?)
(……うん、うん。そうだね…)
「…鈴ちゃん?」
「……っあ、えっと、何?ごめん、ぼーっとしてて、」
「んー、いや、別に。呼んでみただけだよ」
「………そう」
「わー、冷たい」
「いつものことじゃない」
「………そうだねえ」
あの子はわたしとは違う。あの子は頭がいい。あの子は優しい。あの子は、可愛い。こんなにも違う。総てが総てあの子だけに与えられたものだった。どう足掻いた所でわたしには手に入らない、尊くて神聖なもの。ずっとずうっと羨ましかった。あの子のようになりたいと思っていたし、あの子のようになれはしないと気付いた後は少しでも長く、誰よりも近く、あの子の傍に居たかった。どんなに些細なことであったとしても、わたしはあの子の心の片隅に居座りたかったのだ。

――これを恋と呼んでもいいのだろう、か。

「…鈴ちゃんの手、冷たい」
不意に包まれた己の掌を見下ろす。雪のように白い指先。柔らかな体温。少しでも傍に居たかった。理由は何でもいい。傍に居られるならば何でも出来た。あの子の周りに居るのが皆、可愛くて無邪気で温かい子ばかりなら、わたしは敢えてその逆を選ぼう。あの子の記憶にわたしを残せるのならば。
「……心が冷たいから、その温度が漏れだしたのかもね」
「そんなことない。鈴ちゃんは、優しいよ。あったかい」
「………ばかじゃないの」
優しいとあったかいと思えるあの子の方が、わたしなんかよりも数倍優しくてあたたかいのだ。けれどもそういってやるのが悔しい。わたしばかりが焦がれているようで。否、実際に焦がれているのはわたしだけなのかもしれなかった。
「雨、雪になるかな」
「さあ、どうだろう…。あ、雪が降ったら雪合戦しよう!鎌倉も作ろ!ね?」
「………うん、そうだね」













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正直すまんかった。
item:六仮
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