ぼんやりとする頭で窓の外を眺めた。ひらりひらりと舞い散る白い花弁が漆黒の世界を仄かに照らし出す。そういえば今日はクリスマスだったか、けれども喉の奥から搾り出されたのは酷く掠れた咳だけだった。
ホワイトクリスマス。天気予報では確かにそう言っていたから何日も前から楽しみにしていたのだ。白とは対照的な色を持った彼は、目に見えて浮かれる彼女に対して呆れたような溜息をひとつついただけだったけれども。
「………ちづる、」
囁かれた言葉は水面に落ちる一滴のように静かだった。そっと乗せられた大きな掌は、熱を持った額には心地好い。ひとより少しだけ体温が低い彼が、今は羨ましかった。まだ熱いな、独り言かのように零されたその言葉が鼓膜を揺らす。うまく動かない口の代わりにゆるゆると視線を動かすと、無表情な顔が目に入る。平素よりその表情が優しく見えるのは気のせいだったのか、果たして分かるはずもなかった。
「……しらぬ、いせ…」
「喋らなくていい。キツイだろ。ほら、新しい氷枕」
かちゃり、と真新しい枕が鳴く。高熱を孕んだ頬には心地好い冷たさだったが、どうしてなのだろうか、彼の大きな掌のほうが。
「残念だったな」
「………え?」
「クリスマス、楽しみにしてたもんな」
彼の深い青い髪がさらりと揺れ、赤い瞳が細められる。優しい夕焼けの色だね、何時だったかそう零した言葉に、彼は原罪の色だよ、と淋しく答えただけだったのを不意に思い出した。
「………はい、クリスマスケーキ、」
「食欲だけは元気なんだな」
「だってだって……不知火先輩がケーキ作ってくれる、て」
見掛けに寄らず料理が得意な彼がこの日のためにケーキを作ってくれることになっていたのだ。けれども、看病に時間を取られてしまったせいでケーキはまだ小麦粉の状態のまま戸棚で静かに息をしている。
彼はひとつ溜息をついて、困ったように小さく笑う。その表情が好きだということを自分はまだ言えないでいた。
「元気になったら、作ってやる」
「ほんとう?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「不知火先輩、嘘つきです、から」
「…そうだな」
何気なく呟いた言葉に彼は何かを少しだけ考えていたようだった。伏せられた瞼から除く夕焼け色の瞳が、僅かに憂いを帯びているように見えて思わず手を伸ばす。それに気付いたのか、彼は今度こそ本当に笑って、その雪のように白い指先で包み込んでくる。嘘つきだけど、お前の気持ちには嘘ついたことないよ、囁かれた言葉は静寂に飲み込まれて少女の耳には届かなかった。
「……不知火先輩の手、冷たくてきもちいー…」
「ならクリスマスプレゼントはこれな」
「えー…」
「はいはい、とっと寝る。さっさと治せよ」
「……はあい」
彼の掌の温度が心地好くてゆるゆると瞼を降ろす。しんしんと降り積もる花弁が窓硝子を彩っていく。メリークリスマス、甘やかな声が鼓膜震わした。
「…おやすみ、いい夢を」
額に微かに感じた、体温と同じ柔らかな温度を確かに感じながら意識を手放す。最後に聞こえた声には、気づかないふりをしながら。







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