彼女を花に例えるなら、
春に咲き誇る桜だろう。
俺ももちろんそう思う。儚く美しく狂い咲く様は彼女への賛辞にぴったりだ。
ただ、恋人同士の今ならもう一つ言えることがある。
彼女はまるで、酒のようだ、と。
「烝さん、ちょっとこっち向いてください」
「どうした?ちづ…」
振り向きざまに唇を掠める柔らかな感触。
「…驚きましたか?」
硬直してしまった俺に、彼女は悪戯っぽく笑う。
「…ああ」
苦笑しながらの返答。俺の頬は間違いなく朱に染まっているだろう。
酒は性質の悪いことに万薬の長。彼女がいれば他に何もいらない、とか思ってしまう。
しかもただの酒ではない。ラム酒のようなきつい酒だろう。うっかり呑まれたらあっという間に二日酔いだ。
「桜を見てたら、今朝見た嫌な夢を思い出してしまって」
「…嫌な夢?」
それと今の行動の繋がりが見えずに、俺は困惑する。
「…夢で、烝さんが水底にどんどん沈んでいってしまうんです。何回も名前を呼んで手を伸ばすのに、どうしても届かなくて…。さっき桜を見ていた烝さんが、夢と同じように手が届かないどこかへ行ってしまうような…そんな気がして」
いきなりごめんなさい。そう言って笑顔を作る笑顔の裏の、得体の知れぬ不安への恐怖。
ほら、まただ。
気丈なようでとても脆く、
儚いようで芯の通った。
そんな彼女に、俺はいつも酔わされる。
包むように抱きとめると、千鶴は俺の服をきゅっと握り締める。
「俺は、ここにいる。千鶴、判るか?」
「はい」
「俺は君に黙っていなくなったりしない。陰から日向から、いつだって君を守る。ずっと千鶴の隣にいる」
「ずっと、隣に?」
縋るように上目遣いの視線に惑わされて、深い潤んだ琥珀色に吸い込まれそうだ。
「ああ。千鶴が望む限り、ずっとだ」
望まない訳ありません。と拗ねたような口調で千鶴はしがみついてくる。
徹夜明けの疲れも一瞬にして吹き飛ばすほどの治癒力。
酒は万薬の長、だったな。
思い出してクスクスと笑うと、何を勘違いしたのか千鶴はするりと抱擁から抜け出すとプイとあらぬ方向を向いた。
誤解とはいえ、お嬢様の機嫌を損ねてしまったらしい。
怒った表情も愛らしいが、彼女は笑顔が一番だ。
「千鶴」
やや強引にこちらを向かせると、先ほど千鶴がそうしたように突然口付ける。
優しく、とろけるような、甘い甘い接吻。
溢れ出して止まらない俺の想いの片鱗が、少しでも彼女の心に溶け出すように。
「烝さんはちょっぴり意地悪です」
「どうして」
「…想われてる、愛されていることが自惚れでないんだって、思わせてくれるから。どうしても許してしまいたくなります」
「許してくれないのか」
「…じゃあ」
その後、恥ずかしそうにうつむき加減のまま千鶴の紡いだ可愛いおねだり。
喜んで聞ける。が…
もう、彼女は酒も薬も通り越して、毒だ。
酔わされて、癒されて、狂わせる。
『もう1回キス…して欲しいです』
そんな可愛いおねだりくらい、
いくらでも叶える。
君が望む限り、ずっと。
目を伏せて、
もう一度。



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