じゃあ、わたしとゲームしましょう。
ゲーム?
期限は三年。わたしがあなたから逃げ切るか、あなたがわたしを捕まえるか。簡単です。
負けた方は何をするのか念のため聞いていいか?
そうですね…じゃあ負けた方は…。



最近巷で噂の女怪盗が目茶苦茶可愛いらしいと同僚が話しているのを耳にして、そんな可愛い子を逮捕とか色んな意味で危ないだろ、と誰に言うでもなく呟くと後ろから上司に思いきり頭を叩かれた。地味に痛い。
「黙れ変態」
「別に変なこと言ってないじゃないですか!」
「俺はしっかり聞いたぞ、鷹介が変態発言をしたの」
「いくら上司だっていったって張り倒しますよ」
誤解を生みそうな発言を繰り返す上司を何とか追い払って手に持った資料に視線を落とした。資料には連続博物館盗難事件と書かれている。それは近頃巷で流行っている女怪盗に関する資料だ。性別以外年齢も素性も何もかもが闇に包まれた怪盗は、毎回鮮やかな手口で品物を盗み出していく。一番新しいもので失われた文明のネックレスだったか。鷹介は一介の警察官であり美術家でも何でもないのでその価値については何とも言えないが、どうやら非常に価値があるものらしい。盗み出してそれを売り捌いているわけでもないし(寧ろそんなことをしていたらとっくに逮捕されている)、一体何のために盗みを繰り返しているのか動機は全く解明されていない。捕まえてから聞けばいいと、怪盗なんて非現実的なまのにかまけている暇はないのだともいいたげな上層部の人間は言うが、そもそも性別以外何も分かっていないのにどうしろというのだ。(警察の能力を更に失墜させそうだが)更に言えば、性別が分かったのだって本当に偶然だったのだ。――鷹介が、もしも出逢っていなかったら。今も彼女に関しては何も分かっていなかったに違いない。
「そういや、鷹介」
「はい?」
追い払っていた筈の上司が何時の間にか戻ってきたらしい。彼はやる気があるんだかないんだかよくわからない顔で珈琲をすすりながら、お前今日は非番だろ?と呟く。
「ええ、まあ。この資料だけ確認したかったのでちょっと寄っただけです」
「お前…もしかして友達いないの?」
「!?いますよ!」
現に今日だって知人と映画を観に行く予定なのだ。しかも女の子だ。目茶苦茶可愛い。
彼女の綺麗に笑う顔を脳裏に思い描いて――鷹介は何だか頭が痛くなった。

◆◇◆


待ち合わせ場所に着くと、彼女は既に到着していた。亜麻色の長い髪が風に揺れて何とも幻想的な風景を作り出している。
彼女の名前を、鷹介は知らない。名前だけではない。年齢、住所、電話番号。何一つ彼女については知らないのだ。そう、職業以外については。
通称スピカ。職業は――怪盗だ。
「五分三十二秒の遅刻ですよ、鷹介さん」
「悪かったって。ていうかやけに詳しいな」
「時は金なり、ご存知ですか?」
「うわ今めっちゃ俺のこと侮辱したろ…」
鷹介とスピカが出逢ったのは丁度一年程前のことだった。予告状を受けた鷹介が警備をしていた部屋に、怪盗であるスピカが堂々と侵入してきたのである。人が居ることに気付かなかったのか、はたまた気付いていたが無視していたのか今となっては真偽は定かではない。
(わたし、人殺しはやらない主義だから、穏便に済ましてもらえると嬉しいです)
上司(時々過激な発言をする)に指示されていた通り銃を突き付けると、けれどもスピカはへらりと笑ってそう告げた。手に握られていたのは鷹介の手にあるものと同型の銃。
――一触即発。そんな言葉が似合いそうな空間の中で、先に銃を下ろしたのはやはり楽しそうに笑っているスピカだった。
(名前なんて言うんですか?)
(……俺?)
(他に誰がいるんですか!)
(…宮地鷹介)
(じゃあ鷹介さん。わたしとゲーム、しませんか)
「仮にも君は怪盗で、一応俺は警察なんだけど…いいのかよ、映画とか」
「何がです?」
「だからさ、俺、簡単にお前を捕まえられるだろ」
そんな言葉とは裏腹に、自分には目の前の女を捕まえる気がないことを鷹介は知っていた。警察としての肩書き上、聞いておかねばならないと思ったから聞いただけた。でなければわざわざ呼び出しに応じるわけがない。スピカも気付いているのだろう、鼻歌でも歌うかのように軽やかな足取りで鷹介の先を歩く。
「確かにわたしは怪盗ですけど…誰もわたしが怪盗だって知らないじゃないですか。それにね、鷹介さん。自白は証拠にならないんですよー」
「おーう、知ってる」
「もう、知ってるなら聞かないでくださいよ」
念のためだって、呟いた言葉に彼女は気付いたのだろうか。気付いていなくてもいいのだ。きっと彼女には伝わっているだろうと、そう根拠もなく思った。
鷹介さん、早く行きましょう!手招きをして笑うスピカに一度だけ小さく笑ってから手を伸ばす。とてもしあわせなゆめをみているようなきがしたから。今はまだ、このままで。



悪夢の色は知らない





//有海
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