ぐすっ、と隣から涙に濡れた声が聞こえてきて、正直どうしたらいいのか分からなくなった。つい最近新調したばかりの液晶テレビに流れるのは先程まで見ていた所謂感動系映画のエンドロール。あ、俺の好きな女優が出てる。どこに出てたのか全く分からなかったな、と半ば現実逃避気味に考える。相変わらず隣からの嗚咽は止まない。
始まりは月子の一言だった。去年放映されていた『今期一番泣ける邦画』という宣伝文句の映画をどうやらレンタルショップから借りてきたらしい月子が、つい最近液晶テレビに新調したばかりの犬飼へ声を掛けてきたのだ。折角映画を見るなら大画面で見たいじゃない?そう言って笑った月子の笑顔を柄にもなく可愛いと思ってしまったものだから、二つ返事で返してしまったのだが、今になってそれを後悔する羽目になろうとは一体誰が予知し得ただろうか。月子のそれでもなんとか噛み殺そうとしているらしい嗚咽をBGMに小さく溜息を吐く。
「おーい、いい加減泣き止めって。これ、映画だろ。どう考えたってフィクションじゃねえか」
「犬飼くんは、感動しなかったの?」
「いや、感動はしたっちゃしたけどお前程じゃあ…ってお前ひっでえ顔」
「元からこの顔ですッ!」
部活仲間に聞かれでもしたら間違いなくフルボッコにあいそうな言葉を紡ぐと、売り言葉に買い言葉ではないが強い光を宿した眸で睨みつけられる。けれどもその眸は涙で真っ赤、顔も鼻水でぐちゃぐちゃとあっては全く迫力がない。高校時代、月子を女神と神聖視していた人間たちに見せてやりたいとぼんやり思う。
「つーかさ、感動したのは分かるけどそこまで泣く必要なくね?どう考えたってフィクションじゃん。現代じゃまず起こんねーって」
映画の粗筋はこうだ。異常に科学の発展した世界で大きな戦争が起こる。それは国の存亡を掛けた戦いで、国中の科学の髄を結集して様々な武器が作られた。その中でとある一人の男が人間兵器として選ばれるのだ。ありとあらゆる武器を体内に忍ばせおよそ人間とは思えない肉体に改造された男は、それでも最初は愛しい彼女を守ることが出来るのだと喜んでいた。しかし日が経つにつれ男は理性を段々と失い、ただの殺戮兵器と成り下がっていく。それは国が紛れも無く望んだことには間違いなく科学者たちは喜んだが、男は理性を失っていく自分に気がつく度絶望に苛まれるようになる。自分はもう人間でもなんでもなくただの化け物で、そんな存在が彼女の傍にいることは出来ない。何時か誤って彼女を殺してしまうかもしれないと、そうして願ったのだ。彼女を傷付けてしまう前にこの世界から消えてしまうことを。
(俺にとって始まりの世界はお前だったから、終わりの世界もお前がよかった。ごめんなあ、俺、例えばそれが自分でもお前を傷付けるのは堪えられない。好きだったよ、他の誰より。ありがとう、とても――とてもしあわせなゆめを、見せてくれて。ありがとう、ごめんな。好きだよ…………さよなら)
擦り切れた声で叫ばれた言葉が今も耳の奥で反響する。
「まずこの世界じゃそこまで科学は発展してねえし、第一人間を使った兵器とか世論が許すはずが、」
「そんなこと分かってる!分かってるけど、犬飼くんが」
「は?」
「犬飼くんが。もしもあの男の人が犬飼くんだったらって考えたら、わたし、どうしたらいいのか分からなくなったの。涙が、止まらなくなったの」
そこで何で俺が出てくるんだ、有り触れた言葉は喉の奥で勢いを失って消えた。
コイツは今、自分が何を言ったのか、理解しているのか。そんなまるで、俺が傍からいなくなるのが嫌みたいな、まるで失いたくないとでもいうような。
「…………ばーか」
「?犬飼くん?」
何かを言おうとして開いた口は、結局何も発することなく閉じられた。俺がお前の傍を離れるなんてない、お前がそれを望まない限りは。だなんて口にしたら陳腐になってしまいそうだったから、というのは少し言い訳がましいだったろうか。泣き腫らした眸でそれでも何とかこちらを見つめてくる月子に犬飼は小さく微笑む。

この小さな掌を握り締めることが、今なら許されるだろうか。



秘密のままで教えてほしい





//有海
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