「俺、ずっと春名のことが好きで、だから、」
体育館裏という有り触れたシチュエーション、目の前には頬を僅かに赤く染めた男子生徒。今流行りの少女漫画にでも出て来そうな一場面だ。対象がわたしでなければ楽しんで見ることが出来たそれを、対象が自分であるばかりに全く楽しむことが出来ない。
告白して貰えるというのはとても有り難いことだと、思う。世の中には告白すらしてもらえず、かといって告白したところで受け入れてもらえるわけでもない人間で溢れかえっているのだ。そんな人間から見たら今正に告白を受けているわたしという人間が心底羨ましくて――憎たらしいに違いないのだろう。
(でも、)
わたしは有り難いと思いこそすれ(告白されるというのは、少なからず相手に好かれているからである。それが害することを目的としたものでなければ。)、受け入れる気などこれっぽっちもなかった。もしかしたらこれは告白かもしれない、とそう思った時から返事は既に決まっている。それは今にも飛び出していきそうな勢いを孕んで、喉の奥で燻り続けていた。
「だから、付き合って欲しいんだけど」
「……ごめん。告白してくれたのは嬉しいけど、わたしはアンタをそういう対象に見れない」
「………それは」
「本当に申し訳ないとは思ってるのよ。でもね、こればっかりは、」
「…俺じゃなくて、他に好きな奴とかいるの?」
「……………」
「ごめん、卑怯だって分かってはいるんだ。これはただの悪あがき。教えてもらえたら、すぐにとは言わない。言わないけど、今度はちゃんと春名の恋愛を応援出来るようになるから。だから、」
どうしてそこまで知りたいのか、わたしには分からない。それが告白をしたことがない者の傲慢と呼ばれるならそれでも良かった。
(わたしが誰を好きかなんて、)
好きか嫌いかと聞かれたら多分、好きなのだと思う。ただ、明確にわたしは彼を好きだと意識したことはなかった。そこにいて笑って名前を呼んでくれる。ずっとそうやって生きてきたから、そうしてそれがこの先も続いていくと思っている。好きだなんて意識しなくたって、隣にいられた。わたしにとって重要なのは、自分の隣に――否、隣でなくともいいのだ。声が、手が届く範囲なら――彼がいるという事実だけだ。その事実さえあれば、わたしは他に何もいらない。だから例えば傍から見れば現在の関係がぬるま湯のようなものに見えていたとしても、今更関係の名前を変更する気などさらさら持ち合わせていない。変えなくたって続いていくなら、どうして変えなければならない?変わること、変えていくことがそんなに尊いなんてわたしには到底思えなかった。
「………そうね、わたしは」
彼以外の誰かに想いを(果してこれを想いとよんでいいのかわたしには分からない)口にすることに、わたしは抵抗してみたかった。例えばそれが関係を変えるために紡がれたわけではない言葉の羅列だったとしても、そこに一欠片でも彼への想いが紛れ込んでいるのだとしたら。言葉の形がどんなものであれ、わたしは一番最初に伝えるのは彼自身でありたいと、思う。
「……わたし、そういうのあんまり言いたくないの。気持ちは大事にしたいじゃない?それにこれが恋だって決まったわけじゃないから。…なんていうか、わたしね、別にアンタに応援してもらえなくたっていいのよ。皆から応援されるような恋じゃなきゃしてはいけないなんて、そんなことないでしょう。誰にも応援されなくたって自分が望んで願って祈っているなら、それでいいって、そう思わない?少なくともわたしはそう、思っていたいの」


◇◆◇



「あれ?真琴、今日は早いんだなー」
最早日常の一部と化した彼の姿を見て、わたしは何故だかほっと安堵の息を吐いた。見慣れたその笑顔が、そこにあるというだけで、わたしは。
「藍だって早いじゃない。なになに、今日はやる気なの?」
「今日はってなんだよ!?俺は何時だってやる気あるぞ!」
「どーかしらねえ」
「ちょ、おい、真琴!誤解を招くような発言言うなよ!弓弦か射弦に聞かれたら…」
「いいじゃない、しごいてもらいなさいよ」
「絶対嫌だ!」
心底嫌そうに彼は――藍は叫んで、それから周囲の反応が気になったのか困ったように小さく苦笑した。困った時にそうやって笑う癖はまだ抜けてないんだろう、わたしだけが知り得る彼の小さい頃からの癖。
その後暫く無言のまま弓の手入れをしていた藍だったが、やがて何かに耐え兼ねたのかわたしを伺うように、そうして周囲に聞かれないようにまるで独り言かの如く呟いた。昼休み、何かあった?
その言葉に息が詰まりそうになるのを咄嗟に押さえ込んで、わたしは笑う。
「んー?何もないけど。急にどうしたの」
「あー、いや別に」
「そ?変な藍」
「変っておま…」
笑っていられる。アンタの隣だから笑っていられる。なんてこと、ねえ、わたしは気付いて欲しかったのかな。





拝啓、ぼくの魔法つかい様







//有海
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