龍之介に恋をしていたけど叶わないまま大人になった月子と、月子が入社した会社の上司だった鷹介のはなしです。









「月子ちゃーん、鍵開けるからねー開けるよー」
「むー…」
「何でこうも弱いのに飲むかな…」
慣れた手つきで彼女の鞄から鍵を取り出す。開いた扉の向こうはこれまた見慣れた彼女の部屋。
よいしょ、と背中からずり落ちそうになった彼女をもう一度背負い直すと生温い息が首筋に掛かった。飲み過ぎだよ、馬鹿。吐いた溜息を彼女が聞く筈もない。飲み会に参加したものの飲めもしないくせに周囲におだてられて飲んで結局寝落ちするのが彼女の常だ。そうして毎回上司である自分がこうして部屋まで送っていくのも。正直、部屋にあげても大丈夫だと思われているのは男としてどうなのかとも思う。
軽やかな寝息を聞きながら寝室の扉を開けた。見慣れすぎて逆に何の気も起きない。それってどうなの…と本日二度目の溜息を吐きながら、ゆっくり体をベッドに横たえた。
「みや、じくーん…」
「はいはいはい、もう寝なさい…って寝てるか」

みやじくん

みやじくん

みやじくん

「はーい…宮地です、よっと…」
白に散らばった亜麻色の髪をそっと撫でると彼女は擽ったそうに身をよじる。畜生、可愛いな。どうして女の子はみんなこんなに柔らかいんだろう…いや、月子ちゃんだからかなあ。俺のこと、本当はどう、
けれども聞こえてきた声に俺は苦笑いをすることしか出来ない。

みやじくん

彼女中で【みやじくん】は取り分け深い意味を持つ。【みやじくん】と【みやじさん】は違うのだ。勿論俺は【みやじさん】。どうやってもきっと【みやじくん】にはなれない。
「……さて、帰りますか」
もしかしたら気分が悪くなるかもしれない、とかもしかしたら体調を崩すかもしれない、とか。そんなことを考えるのは単なる我が儘だ。彼女の部屋に留まる正当性が欲しいだけの。酔っている、それも傍から見ればただの部下である人間に手を出す程落ちぶれていないつもりだ。まだ、そう思っていたい。なんて、彼女に手を出すことは多分ずっとないのだ。逃げられてしまうのが一番怖い。馬鹿みたいに。

みやじくん

「はいはい。……おやすみ。明日遅れんなよ」
最後に一度だけ、そう思って爪でそっと頬を撫でた。指の腹にしなかったのは、直接触れてしまったらいけないような気がしたのだ。こんな、天使みたいな。天使みたいな、俺の弟に恋をしている、女の子に。
気持ちを素直に言ってしまえば楽になれるのは、分かっていた。でも、それでも。彼女が苦しいのと自分が苦しいのと。どちらを選ぶかと言われたら恐らく後者なのだ。頬を撫でる指は止まらない。嗚呼畜生、無防備なんだよ、馬鹿。この指を止めなければいけないことも分かっていたし、早くこの場から去らなければいけないことも分かっていた。傷付くだけで、苦しいだけなのに。
何回目になるか分からない【みやじくん】を聞いた後、漸く指先を離して立ち上がる。後ろ髪を引かれながらも部屋から何とか立ち去ろうとして。今度こそ本当に息が詰まった。

ようすけさん

「……何でここで俺の名前を呼ぶかな…」

崩れ落ちそうになる体をなんとか奮い立たせる。思わず額を押し当てた扉はひんやりと冷たい。何時だったかばれないように握り締めた彼女の掌が確かこんな温度をしていたと、不意に思い出した。

「……………責任取って俺のこと好きになってよ」










砂糖菓子より甘くて苦いあなた。
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