何があったのかは聞かないけど、そう言って梓は翼と月子を自宅へと招き入れてくれた。出会った時のただならぬ状況を察知したのか他の村人には見つからないよう手引きまでしてくれたのだ。その勘の良さに二人は思わず感服した程だった。
梓の家の中は外の気温が嘘のように暖かく、揃って安堵の溜息を吐く。ぐるりと見回せば殆ど物らしい物は置いていない。物で溢れかえっている翼の家とは大違いだ。物珍しそうに家の中を見回している月子が面白かったのか、梓は喉の奥で噛み殺すような笑い声をあげた。どうぞ、差し出された紅茶は温かい。
「あ、ありがとう」
「外は寒いですからね。こういうもので温まらないとやってられないですよ」
翼は勝手知ったるなんとやら、詰めてきた設計図やら怪しげな機械を取り出している。慣れているのかそうでないのか、二人の関係をよく知らない月子は驚いたそれを、梓は小さく溜息を吐くだけに留めた。何を言っても翼が実験を止めることはないのだと知っているからかもしれなかったけれど、生憎二人の関係から見れば部外者でしかない月子にとって知る由もない。不思議そうに翼と梓を眺めていた月子の様子に気が付いたのだろう、翼とは従兄弟同士なんです、と梓は笑う。
「最近は本当に疎遠だったんですけどね。僕は木ノ瀬梓といいます。えっと、」
「あ、わたしは夜久月子です。えっと、梓くん、でいいのかな?」
「はい、構いませんよ。僕は月子さん…うーん、しっくりこないな。先輩、こっちのほうがしっくりきますね。これでいきましょう」
どこから先輩という単語が出てきたのかは分からなかったが、梓は先輩、と無意味に繰り返した。慣れない呼び方に擽ったさを感じる。よく分からない機械を指先で弄んでいた翼が、先輩って新しい呼び名だな!そう言って笑った。
「先輩はどうして翼の家に?」
「うん?あぁ、ちょっと色々あったの。わたしが半ば押しかけるような形になっちゃったんだけど」
言葉を濁した月子を梓は暫く黙ったまま見つめていたけれど、これ以上尋ねても無駄だと考えたのだろうか、翼の面倒を見るのは大変でしょう、とそれだけ口にした。翼は何も言わない。窓の外では白い花が音もなく降り続いていた。孤独の白だ。
「何があったのかは聞きません。聞いたところで先輩も翼も話してくれないでしょうし。まぁ、好きなだけ此処に居ればいい。この村は何もないですが、人並みの生活は出来ますからね」
「ごめん、梓」
「ごめんとか初めて翼から聞いたような気がするよ」
「ぬはは!ありがとう!」
その日の夜は梓が狩ってきたという兎の肉をメインに持って来た、豪勢な料理が机の上に並んだ。梓も翼も久し振りの再開でテンションが上がっていたのかそれは賑やかな夕食になった。窓の外では相も変わらず雪が降り続いていたけれど、それすら気にならない程に。
「翼、へっぽこな道具を作る癖は治ったの?」
「癖じゃなーい!それに失敗は成功の素だ!実際成功に向かってるんだぞ!」
「向かってるだけで成功してないんだろ」
「そ、それは…そうだけど…」
翼の道具がきちんと完成すればこの世界は春を思い出すのだろう。それが一体何時になるのか、果たして誰に分かる筈もない。それでも待つだけ意味がある、と梓は紅茶を啜りながら零した。誰かの犠牲の上に成り立つ春を待つよりもそっちのほうが余程人間らしい、と。
「梓くんは【清明】の話を信じてないの?」
「信じてないっていうか…先輩は信じてるんですか?」
「信じてるっていうか…」
「そんなものまやかしです。人を殺して春が来るなんておかしいですよ。そうでしょ」
翼は何も言わない。梓の声は少しだけ悲しげだった。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -