あるだけの食料を詰め込んで(翼は研究の成果を書き留めていたノートを半ば無理矢理詰め込んでいた)二人は白銀の世界へ足を踏み出した。お世辞にも進みやすい旅路とは言えないものであったが、まだ目的地が明確なだけマシであろう。繋いだ手だけは絶対に離すまいと強く握り締めて先へ先へと進んでいく。時折、森に住むらしい小さな兎たちが不思議そうに森を進んでいく二人を眺めていた。
一樹が居る王宮まではあと二つ分村を越えて行かねばならぬ。それがどれだけ大変なものなのか、二人には痛いほど分かっていた。けれど進まねばならなかった、足を止めてしまえば追っ手に追い付かれてしまうやもしれない。一樹や颯斗が足止めをしておいてくれるというが、一体それが何時まで持つか分かったものではない――信頼していないわけではない。信頼しているからこそ、だ。(せめて、雪が止んでくれれば)二人が家を出発するのとほぼ同時に降り出した雪は激しくなることこそなかったけれど、止むこともなかった。纏わり付くような雪は静かに静かに体温を奪っていく。少し休憩をしようか、そう呟いたのはどちらが先だったか、二人とも限界が近かったのは言うまでもない。元々殆どあの家から出たことなどなかったのだ。
「野宿なんて初めて」
逃避行である筈なのに月子はどこか楽しそうにはしゃいだ声でぽつりと零す。その言葉に頷くことで答えを返して翼は空を見上げた。冬は嫌いだ。降り続く雪も嫌いだ。でも空が澄み星が良く見えるようになるという点から見れば一概に冬が嫌いだと声を大にして言えなかった。
「あ、あれ!」
同じように空をぼうっと眺めていた月子が何かを見付けたのか無邪気に天を指差す。一等輝く星、シリウスだ。その星の近くにはリゲルや大犬座、兎座や一角獣座が並んでいる。キラキラと輝く星たちを見ていると心が洗われるようだ。そういえば月子に出会ったのもこんな星が綺麗な夜だった。(星が綺麗で、その上、月がとても、とても綺麗だったから)
「月子、寒いだろ。もっとこっちおいで」
がばりと抱き込むようにして月子を抱きしめる。始めこそ形だけの抵抗をしていた月子だったが、すぐに大人しくなり、甘えるように翼の体に頬を寄せた。年齢は確か月子の方が年上だったような気がするのだが、翼は時折月子の見せる幼い行動が気に入っていた。この行動は自分に対してだけなのだと思うだけで堪らなくなる。眠いのか?そう問い掛ければ、どう聞いても眠いとしか取れない声で眠くないよ、と返ってくる。変なところで月子が頑固だと知っている翼はそれ以上尋ねようとしなかった。
「わたし、翼くんの笑った顔が好きだよ」
「ぬ?いきなりどうしたんだ?」
「ううん。言ってみたかっただけ」
そう言って月子はもう一度翼の胸に頬を寄せた。擽ったそうに翼は体を震わせる。
「俺も月子の笑った顔、好き」
「ふふふ、ありがとう」
「俺、月子の為なら何でも出来るよ。世界と月子、どちらかを選べって言われたら月子を選んじゃうくらい」
「…そんなのわたしだって同じだもん。翼くんが居てくれるなら他に何もいらないよ……翼くんが傷つくだけの世界なら、いらない」
まさか月子の口からそんな言葉を聞くだなんて、と翼が驚いて月子の顔を覗き込んだ時には、月子はもうすやすやと安らかに眠っていた。(月子が傷付くだけの世界なら、いらない)何度も何度も心の中で反芻する。今の翼には冬が永遠に続いてしまうことよりも、雪が永遠に降り続けることよりも、春の訪れないことよりも、月子の笑顔を失ってしまうことの方が、何よりも恐ろしく感じられた。







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