「わたしね、欠けている人しか美しいと思えないんです」

「…お前は何が言いたい。何がしたいんだ。俺にはさっぱりだよ」
「わたし、この学園に入学してからずっと。ずっと思ってました。先生はなんて綺麗な人なんだろうって。なんて、なんて美しい人なんだろうって。そう思った時点でとても苦しくなりました。嗚呼この人も【欠けている人なんだな】って」
「…………」
少女の、ぼんやりと宙を彷徨っていた眸がある一部分で固定される。そこには薄桃色のマグカップが静かに呼吸を繰り返した。もう二度と使われることもないのに、何時かを夢見て呼吸を繰り返す、思い出の残骸。捨てようと思ったことは何度もある。捨てられないのなら手が滑ったと言い訳して割ってしまえばいいとすら思ったことも。けれども毎回実行に移そうとする度、瞼の裏に蘇る声が、表情が、それを許さない。口に出しそうになる名前は何度飲み込んだだろう。頼むから、思い出すな。頼むから、出てくるな。あの時手を取っていれば今どうなっていたかなんて――頼むから、思い出させるな。
「あのマグカップ」
「お前には関係ないだろう」
思いの外硬くなってしまった言葉が空中を彷徨い、行き場を失ってそのまま溶けた。少女は一度だけ驚いたように目を丸くして、それから少しだけ悲しそうな顔をした。その表情で甦る記憶に琥太郎は気付かないふりをしてまた鍵を掛ける。
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