春の香りがする中をゆっくり歩く。そういえば彼と初めて出逢ったのも丁度これくらいだったような気がする。薄紅色の花弁が空を覆い尽くす中で、切れてしまったのか唇の端に乗せられていた赤だけがやけに鮮やかだった。
「部長?どうしたんですか?」
桜を見つめたまま動かない自分を不思議に思ったのか、部員の一人である白鳥が声を掛けてくる。見慣れた姿を自分はもうすることなどないのだと思うと妙に淋しくなってしまった。
「卒業しちゃったから、この桜を見ることも、もうないんだなって思ってね。淋しくなっちゃったんだ」
桜の下で出逢った彼の傷付いてばかりのその左手を、少しだけでも自分は救えていただろうか。支えてもらってばかりの自分でも、彼を支えることが出来ただろうか。
「何時でも遊びにきてください!みんな待ってますって!」
「ふふふ、そうだね。遊びにいくよ」
彼はあまり自分の内心を吐露したりしないから、分からない。それでも少しでも彼の支えであれたならいいと思う。彼の楽園を守る手伝いが出来たのならそれだけで満足だったのだ。
「もう春だね」
もうすぐ初めて彼に出逢った季節がやって来る。瞼の裏にあの子の隣でしあわせそうに笑っている彼の姿を思い浮かべて、小さく笑った。




◎楽園を守る手伝いが出来たら。





005-支えるなんてできません/金久保誉
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