白銀の天の涙がこの世界にいつもと変わらず舞い降りていたある日、翼は家の近くの森で一人の女を拾った。月のように輝く亜麻色の髪、周囲の白に同化してしまいそうな程に白い細い手足。僅かに開かれた瞳は静かなる光を湛えていた。この白銀の世界の中で彼女の様な薄着でいるのはまさに自殺行為だ。恐る恐る触れた小さな掌は息を呑む程に冷たく、翼は彼女を家へ連れ帰ることを決意した。下心も何も持ち合わせていない、純粋に彼女のことが心配だったのだ。(もう誰も死んでほしく、ない)小さな掌をゆるゆると握り締めると、彼女の静かな光を湛えた瞳が確かに翼を捕らえた。今にも泣き出しそうだな、ぼんやりとそんなことを思う。吐き出された息は白い。
「こんなとこいたら風邪引く。俺の家に来なよ。あったかいぞ!」
「……あなた、は」
「ん?俺は天羽翼!翼でいいよ。君は?」
彼女の唇から名前が零れ落ちる。その瞬間、翼にとって彼女は紛れも無く世界で掛け替えのない大切な存在となった。



小さな家の中からおよそ不釣り合いな爆発音が響く。それと同時に奇妙な叫び声も。その声を聞いて月子は小さく溜息を吐いた。だがその顔には仕方ないなあとでも言いたげな優しい微笑みが浮かんでいる。何時ものように彼専用となった救急箱を手に取ると、歪な文字ででかでかと『ラボ!』と掛かれた部屋の扉を躊躇なく開けた。途端に真っ暗な煙りに全身を覆われる(何かを焦がしたような臭いのおまけつきだ)声を出そうにも煙りが喉に絡み付いてうまく声が出せない。「つば、さ、く」漸く絞り出した声は途切れ途切れで、しかし当の本人にはちゃんと通じたらしい、煙の奥からぬうっと二本の腕が伸びてきて引き寄せられる。ふわりと鼻を擽ったのは優しい彼のものだ。
「ぬぬぬー…また失敗しちゃった」
「けほ…翼くん、怪我は?怪我はない?」
「うぬ!大丈夫!月子は?月子は怪我とかしてないか?」
段々と煙が消えていく中、月子は大丈夫だよ、と笑いながら答える。このやり取りは何時もと同じだ、月子が翼の家にやって来てから毎日のように繰り返されている。翼は日夜とあるものを発明するべく研究を続けているのだ。その為に家のあちらこちらに実験の残骸だと思われるものが散らばっている。そのひとつひとつにきちんと名前が付いているから驚きだ。
「さ、ご飯食べよう。翼くんまだでしょう?」
「ぬ、そういえば!」
この何年かで月子の料理の腕も上がった。以前は料理というよりは破壊と呼べるものだったが、今では人並みに食べられるものになった。何せ月子が料理をしないと翼はそれこそラボに篭りきったまま出て来ず、食事はおろか水分さえ取ろうとしないのだ。月子が頑張るより他なく、翼の生命与奪権は月子が握っているといっても過言ではなかった。
「……今日もよく降るな」
ぽつりと零された言葉。この世界に白という色をした孤独が世界を包み込む、冬という季節以外は存在しない。ずっと白銀に覆われたままだ。文献を遡れば確かに春が訪れていたという記述もあるのだが、ここ何十年かは春など訪れていない。(冬は冷たくて、淋しい)冬は孤独だ。何もない。冬が人々の心を蝕んでいく。この寒さで作物もろくに採れず、餓えと寒さで人が死ぬ。それなのに春は訪れない。これで心が荒まないほうがおかしいというものである。(いつかこの孤独にさえ慣れて仕舞う日が来るのだろうか)翼は黙ったまま窓の外を眺めている。翼が発明しようと躍起になっているものは春を呼び寄せる道具だ。今までに一回も成功したことなどなかったが。(大丈夫、春は来る。俺が呼ぶんだ!だから月子は此処に居ていいんだ)翼の優しい声が脳裏に蘇る。あの言葉でどんなに月子が救われたのかきっと翼は知らない。
――たったひとつを殺せば世界に春が訪れるのだと、その言葉が世界を支配してから短くない月日が流れていた。











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