ここは何処だ。真っ暗で何も見えない。時折瞬く星以外には何もない、完全な暗闇。歩いても出口が見当たらない。どうすればいいんだろう、ここは、何処なんだろう。
「こんなところにいたんだね」
「え?」
ずっと探してたんだよ。
そういって笑うのは、紺色の髪を持ったおとこのこだった。前髪が長すぎて片目を隠してしまっている。白く伸びる腕に見えるのは黝…痣?
「こんなとこにいないでさ、帰らなくちゃ」
「帰るって…何処へ」
「きみの本来の居場所に」
「ここが何処かも、分からないのにか」
「そうだね、ここは………。僕が連れていってあげるから、手を離さないで」
握り締めた掌は氷のよえうに冷たい。ざらり、と妙な肌触りに肌が粟立った。
「おい」
「んー?」
「何処行くんだ」
「きみの帰る場所まで」
「はあ…もういい」
男はからからと笑って少しだけ歩みの速度を落とす。相変わらず音はなく、瞬く星の微かな光が鮮やかだった。まるで世界から引き離されたような暗闇の中で、思い出すのは誰の声だっただろう。
「きみはさ」
「ん?」
「いつも自分が傷付けばいいと思ってる。自分が傷付いても誰かが幸福なら、それでいいと思ってる。忘れられたままでいいとさえ」
「だから、何なんだよ」
「ほかのひとがきみを守りたいと思っていても、それを無視する。踏みにじってる。僕は、それがかなしい」
「お前、何を、」
「きみがしあわせになる条件が、分からないんだ。どうしたらしあわせになってくれるのかな」
「俺は、幸せだ」
「うそ」
からからともう一度男は笑う。そうして、赤い瞳でこちらを一瞥した後悲しそうにも見える笑みを唇に乗せた。
「きみのしあわせは信用できない」
「ならどうしろっていうんだよ……」
「そうだね……きみは、」




泣いたりしないんだもんね。




「………は?」
「きみを守りたいと思っているひとに、少しだけ預けてみようよ。守らせてあげなよ。分けてあげなよ。みんなそれを望んでいるんだ。与えられるばかりのしあわせなんてきっとみんな、望んでいない」
「………………俺は」
「ねえ、悲しかったら。苦しかったら。辛かったら、痛かったら。泣いてもいいんだよ。だってきみには受け止めてくれるひとがいるじゃないか」
不意に男が立ち止まって手を離す。そうして一歩下がってそっと体を押してきた。思わず見遣れば、彼は困ったように一度笑ってからもう一度背を押す。帰り道はあっちだよ。ほら、声が聞こえるでしょ?
「お前、名前は?」
「僕?僕は……いや、やめておくよ。きみはきっと忘れてしまうだろうから」
痣だと思っていた黝はどうやら鱗だったらしい。……鱗?
意識が混濁する。しがみつこうにもしがみつく場所が分からないん。男のからからという笑い声が耳の奥で反響した。
「きみのかなしいは少しだけ僕も貰っていくね。僕のことなんかわすれてしまってもいいから、これだけは覚えていて」








すべてが遠くなる。すべてを忘れる。彼の、なまえは。


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