他人を寄せつけない強さがあるのに、いつもどこか淋しげだった。いつだって目の前にいるのに、不意に遠ざかってしまう気もした。
(――だから傍にいたいと思ってた)
手に入れることが叶わないのと、手にいれたものを失うのは違う。失うのは嫌いだ。だが手に入らないのならば仕方がない。手に入らないのであれば欲しいと思うだけ無駄なのだ、何時だってそう思ってきた。そう思ってくることで手に入らない虚無感へ言い訳をしていた。それなのにどうしてだろう、(あなた以外は、誰も、いらない)手に入らないのに、どんなに手を伸ばしても届かないのに、ほしいほしいと希う。しかし月子には彼が自分自身に振り向くことなどないのだと、とうに分かっていた。(俺はお前を好きにならないよ)そんなこと分からないではないか、ただ幼子の様に彼――一樹に噛み付く月子に、一樹は少しだけ顔を歪めてこうぽつり、と零す。胸の奥から絞り出す様な声だった。体内で荒れ狂う何かを無理矢理に押さえ付けながら、静かに吐き出されたような、声だった。
「俺はお前を妹――娘みたいに思ってるよ。お前も俺を父親みたいに思ってるだろ?娘が父親を好きになったのだとしても、それは家族愛だ。だから、」
「違います!違います!家族愛なんかじゃない、わたしは、」
「月子、」
何かを諦めたような静かな静かな声だった。月子の体がびくりと震える。受け入れてほしいわけじゃない、そう断言出来てしまえない程度には月子はまだまだ子供だった。本当は、叶うなら傍に居てほしい。誰よりも何よりも一番近く、手を伸ばせば指先が触れることの出来る距離に、居てほしい。それが我が儘だということくらい分かっていた、月子は聡いから。
「……それは恋じゃない。それに俺は酷い奴だよ」
優しくなんか、ない。吐き出された言葉はどこまでも冷たい温度を所有しているのに、音が、温度を包み込んでいる声そのものが、今にも泣き出しそうだった。自分から遠ざけておきながら、何故そんなにも泣き出しそうな声を発するのか、月子には分からない。(一樹、会長)彼は優しくないというが、何時だって彼はどこまでも優しい人だった。元来優しい人なのだと思う。酷くなれないのだ、きっと。だって月子は一度も彼に馬鹿にされたことがない。未熟さ故に失敗も多い月子に対して、からかいこそすれ、彼は今まで一度たりとも月子を馬鹿にしたことなどなかった。そしてそれは月子に対してだけでなく誰に対しても同じだ。
「一樹会長は自分のこと、酷い奴だって言うけど、絶対、私のこと、馬鹿にしないじゃないですか。自分で思ってるより、とても優しい人なんだと、わたしは思います」
彼は黙ったまま何も言わない。そこだけが何もかも呼吸を止めたように静かだった。
「……もう遅いから今日は帰れ」
「一樹かいちょ、」
向けられた背中は何時ものように大きかった。けれどどこか淋しげだった。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、触れられない。指先を温めることが出来る距離にいるのに、掴めない。それは緩やかな真綿のような拒絶。どれだけ待っても一樹は一言も発しない。月子がそっとドアノブに手を掛けた時ですら微動だにしなかった。もう何もかも遅いのだと、知った。
「……失礼します」
「………幸せになれよ」
はっと顔を上げれば時計は真夜中を指していた。取り留めもない考えに埋没しすぎた結果がこれだと月子は小さく溜息をつく。掌には二枚の可愛らしい絵が書かれたチケットと携帯電話。一樹に好意を抱いている月子に颯斗が譲ってくれたのだ。一緒に行けばいいと。(もう無理だよ、ね)向けられた背が、真綿のような拒絶が、脳裏に思い浮かぶ。もうどうにもならない。傍に居たくても。(やっぱり一樹会長、あなたは)チケットを机の上に放り投げてベッドに横たわる。睨みつけた天井はただただ白いだけだ。
(わたしの幸せはあなたの傍に居ることなのに、幸せになれだなんて、)
「……ひどいひと」
その呟きを誰が拾うこともない。ぱちん、閉じられた携帯電話が静かに鳴いた。








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