(淋しくないの?)以前水島にそう尋ねられたことがある。月子は何と答えたのだったか、よく覚えていない。淋しい、と答えたような気もするし、淋しくない、と答えたような気もする。どちらにせよ覚えていないのであれば同じことだ。直獅があまりに忙しいからそう尋ねられたのだろうか。当然だ、人に何かを教える立場の人間は忙しくなければならぬ、いつの時代だって変わらない。故にその点に関して月子は文句もなければ不満もない。寧ろ忙しく働いている直獅だから、何事にも手を抜かず真っ直ぐに向かい合える直獅だから、好きなのだ。そこだけは誰になんと言われようと譲れない。
ただ、ただ、直獅には大切なものが多すぎる。自分が大切にされていないと思っているわけでは決して、ない。大切にされすぎているとさえ、思う。だが、それでも尚、直獅には大切なものが多すぎると思うのだ。(大切なものが多いということは、それだけ、彼が優しく温かい人間であるっていうこと。わたしはそれが嬉しいの。でも、いつか、)人間の掌の大きさは限られている。どれだけ掌が大きかろうと、何もかも総て包み込んで零さずにいられるわけではない。ひとつ零してひとつ拾って。ふたつ零してふたつ拾って。一体何回繰り返せば零さずにいられるようになるのか、月子には検討もつかない。大切なものが多ければ多いほど、零す数も拾う数も増えていく。零したものを拾うために毎回毎回屈んでいるのでは疲れてしまうだろう。だから、
(わたしが半分持ってあげられればいいのに)
直獅は月子に譲ってはくれない。意地悪をしているとかそういうわけではなく、彼は遍く総てを、零すことなく、掌に収めていられると思っている。そう思っているから、零す度に立ち止まって屈み込み、優しく手を伸ばすことを躊躇わない。自分に疲労が蓄積されることすら、厭わない。残酷なまでに優しい、そういう人なのだ。だから余計に月子は心配になる。危ういとさえ思ってしまう。――もう少し頼って欲しい、とも思う。月子の掌は誇れるほど大きいわけではない。だが彼の大切なものを持てないほど小さくもない。分け合って、ほしい。共に背負わせて、ほしい。ただ愛されるだけ、守られるだけのために一緒にいるわけではない。共に歩み、苦しみも悲しみも――嬉しさも何もかも共に分かち合うために一緒にいるのだから。
「直獅さんが大切だと思うもの、愛しているもの、総てわたしに教えてください」
「いきなりどうした?」
食事中、突然こんなことを口に出した月子を直獅は不思議そうに見つめる。少しだけ疲れているようなその表情が、疲労の蓄積を訴えていた。
「直獅さんは両手に色々持ちすぎなんです。わたしにも少し分けて下さい。直獅さんは頑張りすぎるから…直獅さんが背負っているものをわたしも背負います。愛しているものをわたしも愛します。直獅さんが大切だと思うもの総てを、わたしも大切にします。だから、」
「……ははっ、やっぱり月子には敵わないな」
伸ばされ、ゆるりと触れてきた掌から伝わる温もりに、少しだけ泣きそうになる。(愛しているから、共に背負えないのは、淋しい)こんな想いを彼は知らないままでいいとも思うのだけれど。
「俺は男だからさ、大切なもの総てを守りたいって思うちゃうんだよ。でもさ、月子。お前も一緒に持ってくれるっていうんなら、」
慈しみしか宿していない瞳が静かに細められる。その表情が月子は好きだ。
「少しずつ、お前にも持ってもらいたいよ。――これからずっと一緒にいるんだから」
照れたように付け足された言葉に月子は小さく笑って頷く。(淋しくない?)水嶋の言葉が脳裏に蘇る。その問い掛けに何と返したのか、思い出せない。たとえその時点で淋しいと思っていたとしても。
(今、この温もりがあるなら)
もう、淋しくなんてないのだった。







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