これと微妙に繋がってる。


飴色の光が世界を包み込むようにしてこの場を染め上げている。窓の外から微かに聴こえる飛行機のエンジン音が静かに耳朶を揺らしていた。
そっと手に掛けた雪の様に白い扉からは冷たいだけの温度が伝わってくる。耳を澄ませてみても音は何も聴こえてこず、その奥に呼吸するものは何もないのだと知って僅かに安堵の息を吐いた。(夜久か、どうかしたか?)耳に心地好い低めの声が脳裏に蘇ってくる。何時からだったろう、その声が、その言葉が、苦しいものに感じられるようになったのは。(熱いな、熱あるんじゃないか?)触れられた指先から伝わる熱に、自分でも可笑しいくらいに、動揺するようになったのは。
――果して何時からだったろう。
意を決して扉を開くと、目に飛び込んでくるのは眩しいばかりの白で支配された世界。限りなく空に似た、白。他には誰も居ない、空白。孤独の、居場所。相も変わらず散らかされたその部屋の様子だけが何時もと変わらずそこに在って、少しだけ泣きたくなる。(それは恋じゃない、)そうぽつりと零された緩やかな拒絶を、私はどんな表情で聞いていたのだろう。思い出すのは困った様に笑う彼の顔ばかりだ。――恐らく自分は、この場所から出て行くべきなのだろう(紛れも無くそう望んだ彼のためを思えば)それでも、この場所からだけは離れたくないと思ってしまう(それだけ私は、彼の傍に居たいのだ)
まだ当分帰ってくる様子も見せない彼の代わりに部屋を片付けようと机に手を伸ばす。そうすることでこの部屋に留まる正当性を見出だそうとしているだけだ、誰に言われずとも分かっていた。どれから片付けたらいいだろう、散々迷った挙げ句、机の上に乱雑に積み上げられた本の山にそっと触れる。その時ちらりと見えた、一番上に乗せられた本の題名を見て、一瞬、呼吸が止まった。傷んでも構わないとばかりに置かれた他の本とは違い、その本だけは特に丁重に扱われているように見える。(へぇ、そんなに面白いのか。今度読んでみるよ)金で印字された文字をなぞる。それは自分が彼に薦めた本だった。もうとっくに忘れてしまったと思っていた。そもそもその会話自体が些細なもので、本来ならば覚えていないようなものだったのだ、そんな些細な会話でさえ(ただの自惚れと言ってしまえばそれだけだが)覚えていてくれていた彼が愛しいと思う。好きで好きで堪らない、と、思う。この想いはきっともう二度と届くことはないだろう、それくらい分かっていた。ただ、報われなければ好きでいてはいけないなど、そんなことはない筈である。ならば、もう少しだけ、このまま。
不意に脳裏に淋しそうに笑った彼の顔が浮かぶ。一体何時の出来事であったのか、自分には分からなかった。白に支配された孤独の居場所で、孤独が不似合いなくせしてまるで此処が自分の居るべき場所とでも言うように、静かに佇んでいたその長身。(夜久、)その声が、その表情が、自分には堪らなく懐かしく――そして酷く淋しかった。彼に幸せになって欲しい。何時だって笑っていて欲しい。出来る事なら、自分が幸せにしたいとすら思っていた。何より他でもない自分が、傍に居たいと願っていたのだ。その冷えた指先を温めてやることが出来るのが自分であれば、と、他でもない自分が。――もうそれすら二度と叶うことはないのだろう。
飴色の柔らかな光が白で支配されたこの部屋をゆっくりと染め上げていく。彼の傍にいられなくなってから、この部屋に一人で佇むようになってから、漸く気付いたことが、ある。
(この部屋は、一人では淋しすぎますね、先生)
微かな飛行機のエンジン音が静かに耳朶を揺らす。飴色の光に包まれながらゆっくり目を閉じた。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -