此処には誰もいなかった。平助と千鶴の二人だけだった。時間の流れなど関係がなくて、一体今が何時であるのかだなんて分からなかった。ただ其処に平助がいて千鶴がいて、其れだけでよかった。其れ以外何もいらなかった。
瞑っていた目を開けると相変わらず優しく笑う平助が目に入る。光と同じ掌を捕まえて絡めてみる。温かい。命の温度だ。
「平助くん」
「ん―?」
この幻想的な世界で何時までも平助と千鶴の二人きり。其れは何よりも甘美な夢だった。手放したくない欠片だった。其れを守る為ならどんなことだってしよう。他には何もいらないのだ。捨てられるものなど沢山ある。例えば、
「なあ千鶴」
平助が空を眩しそうに見上げながら声を掛けてきた。千鶴も同じ様に空を見上げた。目に痛いほどの澄んだ空。平助が傍にいる。たった其れだけの事実でこんなに世界は色鮮やかに染まる。今まで気付かなかった、当たり前すぎて気付けなかった其れに気付いた千鶴は柔らかく微笑んだ。
「俺さ、今すげぇ幸せだ」
「私もだよ」
「……千鶴がいて世界はこんなに柔らかでさ。これ以上の幸せなんてねぇんじゃないかなって思うよ」
「……うん」
「だからさ…千鶴も幸せであって欲しいんだ」
空から視線を戻した平助はそう言って少しだけ困ったように笑う。平助は何を言っているのだろう、と千鶴は思った。平助がいるだけで幸せなのに。
否、本当は気付いてるのだ。でも知りたくない気付きたくない見たくない思い出したくない聞きたくない。この柔らかな世界で何時までも二人きり。其れ以外いらないから。
「聞いて、千鶴」
「嫌、嫌だよ平助くん。ねぇずっと此処にいよう?二人きりでずーっと一緒にいよう?私其れだけで幸せだよ……!!」
「千鶴」
「嫌、聞きたくないよ、ねぇお願い、」
音が消える。風が止む。手放したくない欠片が壊れていく。本当は知っているのだ。全て。千鶴が認めないだけで。
「千鶴、俺はもう――――」
光に包まれた最後、見えたのは優しい笑顔だった。








090908/有海
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