全てが終わってから暫くして、不知火は小さな村を訪れていた。其処に腕の良い若い女の薬師が居ると聞いたからである。風の便りで聞いた話ではあったが、その情報が正しければ其の村に居るのは間違いなく、全てが全て目にも止まらぬ速さの中で移ろい行った流れの中で出逢った少女の筈だ。最後に出逢ったのは丁度全てが終わった時だった。あの頃泣いていた彼女は今は笑っているのだろうか、小さく吐いた溜息を誰が拾うこともない。
お世辞にも大きいとはいえない小ぢんまりとした家は思えば彼女の性格にとても似合っているように思えた。何時だって大きな幸せよりも何でもない小さな幸せを拾って笑っていたから。
「よぉ、邪魔するぜ」
「はい、どちら・・・!?」
ぱたぱたと音を響かせて出迎えてくれた少女は目を大きく見開いて、素直に驚いたようだった。千鶴、呟いた名前に不安げにその瞳が揺れる。
「しらぬ、いさん・・・」
「元気にやってるみてぇだな」
「・・・はい、御蔭さまで」
立ち話では何ですからと招き入れてくれたその優しさは変わらない。その優しさは無防備に感じるのは少なからず己が千鶴に何かしらの気持ちを抱いているからなのであろう、何時からか知らない振り、気付かない振りが得意になった不知火はそっと目を伏せた。何も置かれていない殺風景な部屋の中がまるで千鶴の心の内を表しているようで寂しくなる。
「評判も良いみてぇだな。噂、良く聞くぜ」
「いえ、実際そんな誇れるものじゃないんですよ」
謙遜が美徳だと、そんなことを思って口に出したわけではないのだろうその台詞を何処か空虚な心持で不知火は聞いた。その目が、その声音が、寂しいと、告げている。気付かなければよかったのか、理解しなければよかったのか、泣くことを忘れてしまったらしい臆病な心を抱えてしまったまま笑う千鶴に不知火が出来ることなど何もない。だが、泣かないことが強さであると、耐えることが強さであるとそうはどうしても思えなかった。己の前で泣いて欲しいなどとは言わないし、そんな贅沢など望んでいやしないけれど。
「・・・千鶴」
囁くように呼ばれた名前に瞼を微かに震わせることで千鶴は応えた。溢れんばかりの光が宿っていたその表情は今ではもう見る影もない。千鶴の中には今も尚彼らが間違いなく息づいている。足枷になるぐらいなら忘れてしまえばいいと思うのだけれど、きっと千鶴にとってはそれが世界なのだろう、己が伸ばした掌はまだ取ってもらえるだろうか。
「なんで、す、か」
「辛いなら泣けよ。胸くらい貸してやる」
「泣くって、それは、」
「・・・何時までもそんな顔してんじゃねーよ」
「・・・もともとこの顔、です」
「そんな顔して、あいつらが喜ぶ筈ねぇんじゃねぇのか」
「・・・そんな、の」
恐る恐る伸ばした指先は遮られることなくその頬に届く。触れた指先からじんわりと広がる熱に思わず目を細め、その仄かな温もりを享受する。この指先から少しでも想いが届けばいい。それでもきっと千鶴は気付かないだろう、その絶対的な差が少しだけ悲しかった。
「誰も見てねぇ。もう我慢すんな。苦しかったろ、辛かったろ。泣かないことだけが強さじゃねえよ。なあ?」
「・・・・・っ!」
ぽろりぽろり、と静かに零れる涙を、そっと拭いながら、続ける。千鶴の心には届いても、その心に寄り添えるそんな言葉を不知火は持っていない。だけど それ以上の言葉も不知火は知らない。
「・・・よく、頑張ったな」
この言葉は臆病な優しい心に届いただろうか。

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