「仕方ないのう。うぬは」
そう言って玄奘の隣に腰を下ろして稲荷寿司を頬張るのは見た目はまだまだ小さい子供だった。だが紅と名乗ったこの少女が実は妖狐と呼ばれる存在であることを玄奘は薄々気が付いていた。なによりその頭からぴょこんと一対の柔らかな耳が、腰のあたりからふさふさとした尻尾が生えている。紅の話では地上界に出たまま戻れなくなってしまったのだという。外見に似合わずなかなか老齢した喋り方と熟成された思考を持つ紅は、今では玄奘の良き相談相手となっていた。必ずと言っていいほど稲荷寿司を要求されるのが玉に瑕ではあるが。
「本当にそうですね・・・」
「というか、うぬらが臆病なだけではないのか?連れて行って欲しいのならばちゃんと口に出さねば駄目じゃろう」
「それは、そんなこと、」
「・・・人間とは難しい生きものじゃな」
ふぅ、と紅が溜息を吐く横で玄奘も静かに目を伏せた。連れて行って欲しいなどと、どの口が言えたのだろう。蘇芳は玄奘に優しい。何時だって玄奘の未来を考えてくれる。我儘を言って欲しいと、甘えてほしいと蘇芳は言うけれど、何をしたってそんなこと、蘇芳の優しさに気付いている玄奘に出来る筈がなかったのだ。
「言葉って難しいですね」
「なんじゃ、いきなり」
「だって、愛を紡ぐのに私たちはたった三つの言葉しか知らない」
「・・・ほう?」
好き、大好き、愛している。その三つの言葉しか愛を知らせる術を玄奘は知らない。それ以上の想いを確かに蘇芳に対して感じているのにその思いを告げる術が見つからない。体を重ねることだけが愛じゃないことを知っているから尚更だ。この狂おしい想いをどうしたら伝えられるのか、果たして玄奘には分からなかった。愛していても寄り添えない。愛しているから、傍にいられない。
「我たちはもう一つ知っておるぞ」
「え?なんですか?」
「食べちゃいたい。もちろんちゃんとした意味で」
「それは・・・なんか違うと言いますか」
「妖怪は我儘で自己中心的な生きものじゃからな」
「・・・蘇芳もそうであったらいいのに」
「うぬがそうであればいいのだと我は思うぞ」
攫って欲しいと告げられたらどんなにいいだろう。だがそんな未来が訪れないことも玄奘には痛いほど分かっていた。このままずっと言いようのない寂しさを隠したまま生きて行くのだろうか。蘇芳の為ならばどんな寂しさも苦しみも痛みですら耐えられると思ったけれど、実際自身がそんなに強くないことも知っていた。
「・・・人間のとは本当に理解しがたい生きものじゃな」
ぽつりと零された紅の言葉に玄奘は何も言えなかった。

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