喪ったものを埋め合わせるだけの力をきっと誰だって持ち合わせていやしないのだ。喪失は埋められないから喪失足り得るのであって、埋められてしまえばそれはもう喪失ではない。だから薫は敢えて喪失を埋めようとはしない。喪失に伴うこの鈍い痛みが彼女が確かにこの世に存在していたことを教えてくれる唯一無二のものだから。
千鶴という存在はもしかしたら自分の心が見せていた幻影なのかもしれない、彼女を喪ってからそう考えることが多くなった。何時だって強く賢く在ることを周囲から強要されていた自分の心が見せた、どんな自分も無条件で愛し受け入れてくれる存在。無意識のうちに自分が喉から手が出るほどに欲していた存在。でもそう考えれば考える程に彼女と重ね合わせた掌の温もりを思い出すから。それが幻影であろうと何であろうと彼女が確かに其処に居たという証を与えてくれた、その温もりを。
教室から見える苦々しい程に澄んだ空を薫はただ眺めていた。
この喪失を甘受しよう。喪失感も痛みも薫だけのものだから。そうして永遠に覚えていよう。彼女が此処に居たことを忘れぬように。温もりを与えて無条件で慈しんでくれた存在が居たことを忘れぬように。
不意に教室内が騒がしくなった。そう言えば転校生が来ると言っていたようが気がする。空に固定していた視線をつい、と前に移す。と、
「……え?」
「初めまして、雪村千鶴です。宜しくお願いします」




どうやら自分はまだ一人にさせてもらえないらしい。





100227/有海.Fin
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