乱暴に家の扉を開け放ち、足音を立てながら二階へと駆け上がる。背後で母親が何か言っていたが気にしない。気にしていられない。
千鶴。千鶴。千鶴。顔を見なければ、温もりに触れなければ、声を聞かなければ安心出来ないのに、どうしてだろう、嫌な予感が消えない。
「……千鶴!!」
バタンと大きな音を立てて部屋の扉を開く。いつも通りの冷たい部屋。いつもと同じ、他人を拒絶するような冷たさを孕んだ無機質な部屋。机、椅子、ベッドに本棚。そしてその近くに鏡がある。幼い頃に買ってもらった姿見が。







ある、筈だった。









「…………ちづ、る?」
「アンタが悪いのよ」
そんな声がしたから振り返る。其処には無表情な母親が立っていた。まさかこの人が。途端に吐き気と憎悪が背筋を駆け上る。この人が自分から千鶴を奪った。この人が千鶴を■■した。全て全てこの人が。この人は絶対悪だ。
「何で、こんなこと、」
「アンタがブツブツブツブツ……っ!!鏡に向かって話しかけるのがいけないんでしょう!?気持ち悪いのよそういうの!!」
「母さんに俺の何が分かるんだよ!!」
まだこんな人間を母親だと呼ぶ自分がたまらなくおかしかった。おかしいのに、笑いなど出て来ない。
「分かりたくもないわ、鏡に話し掛ける人の気持ちなんか」
「鏡に話し掛けてるんじゃない。俺は千鶴と話しをしてたんだよ!!」
今はもう母親であったものを突き飛ばして部屋を飛び出す。もう何も考えれなかった。鏡は何処だろう。何処にいったのだろう。
行く宛もなく外を走り出そうとする。その時だった。視界の端でキラリと何かが光る。何かが、光、る?
「あ、」
光るのは光が反射しているからだ。光を反射するものは色々ある。しかし彼処は薫の家が使用しているゴミ捨て場だ。だから彼処にあるのは間違い無く薫の。

薫、の。


「あ、あぁ、あぁあぁぁあぁぁああぁ!!」
手から赤い液体が流れ出しても気にならない。痛みなど感じない。だってきっと千鶴の方が痛い。こんなに粉々に砕け散って。
どんなに痛かっただろう。苦しかっただろう。助けてあげられなくてごめん。救ってあげられなくてごめん。守ってあげられなくてごめん。ごめんごめんごめんごめんごめん、御免なさい。
「ちづ、る………!!」







返事はもう、返ってこなかった。











091014/有海
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