久し振りの我が家を薫は見上げた。空虚である。そして温かかった。見上げた先には窓がある。カーテンは空いていた。誰もいない。当たり前だ。其処は薫だけの世界なのだから。
「……ただいま」
「あら薫、お帰りなさい」
母親の声におざなりな返事を返して薫は二階へ上がる。耳に心地よい足音。扉を開くと姿見が目に飛び込んできた。映るのは自分によく似た、それでも自分じゃない、この世で一番愛しい少女だった。
「……ただいま、千鶴」
「お帰りなさい、薫。修学旅行は楽しかった?」
その無邪気で純粋で優しい笑顔が好きだ。触れられなくと伝わる熱が其処にある。自分が箱さえ開けなければ、千鶴は確かに其処に存在している。それでいい。それだけでいい。
「向こうで千鶴によく似合う簪を見つけたんだ。桜は千鶴に似合うと思う」
「そ、そうかな?でも桜は好きだよ。有難う」
そんな些細で甘やかな会話を交わす。幸せな時間が流れていた、その時。
「薫、あなた何やってるの」
ひどく冷たい声。鏡の向こうで千鶴が悲しそうに眉を寄せる。見えないのは悲しい。伝わらないのも悲しい。確かに此処に居るのに。
「母さんには関係ない」「あなた最近そればかりよ?何で一人鏡に向かって話し掛けているの。止めなさい」
「……」
話にもならない。薫は千鶴に向き合う。千鶴にこんな悲しそうな顔をさせる母親が憎らしい。
「止めなさいって言ってるのよ!!」
「……俺が何したって母さんには関係ないだろ」
暫く無言が続いて母親は出て行った。足音が遠ざかる。静寂。これでいい。これでいいのだ。
鏡の向こうの千鶴はまだ悲しそうな顔をしている。










091010/有海
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