ザワザワと木々が鳴く。この暗闇が己の住処である。何もない黒の中、光を目指して総司は歩いていた。今日は何の話をしようか。赤い鬼の話?山の奥深くに住む天狗の話?彼女の楽しそうな顔が脳裏に浮かんで、小さく笑う。
「おやま、楽しそうだね」
近くの木を見上げると、髪の長い見慣れた女が悪戯っぽく片目を細めて笑っている。己がこの森にやって来てから何度も世話になった蛇の妖。他の妖は彼女を毛嫌いしていたが、総司にはその理由がどうしても分からなかった。
「時雨、」
「あはは、誰にも言いやしない。ほらお行き」
彼女の長い舌がぺろりと唇を舐めた。そうして目を瞑る。これ以上は知らないし見なかったと言うことなのだろう。自分以外の妖は人間に関わるのを殊更嫌うから。
「ありがと」
もう千鶴は来ているかもしれない。総司は歩みを早める。後ろで小さく笑う声が聞こえた気がして振り返ったけれど、其処にはもう誰もいなかった。





「千鶴、ごめん!!」
「いいえ平気ですよ」
何時ものように隣に座って話をする。しかし今日はどこか違った。血の匂いがする。それはどこから?それは隣の、
「ねぇ千鶴、怪我とかした?」
「怪我、ですか?」
「そう。変な匂いがする」
千鶴は困ったように眉を寄せてそっと左腕を背後に隠す。しかしその動作を総司が見逃す筈もなく、呆気なく左手は総司の其れに捕らわれた。視界に入った左腕は多くの痣や切り傷に覆われている。一瞬目の前が真っ赤になったような気がした。
「誰にやられたの」
「違うんです。これは転んで、」
「転んだだけでこんな怪我するわけないでしょ。ねぇ、誰にやられたの。言いなよ、千鶴」
「総司さん……」
千鶴は悲しそうに一言そう呟いて下を向いた。その仕草が余計総司の胸を掻き乱す。自分には話してくれないのか。それ程までに自分は頼りないのか。千鶴の為ならどんな事だって厭わないのに。
「大丈夫です、総司さん。私は大丈夫ですから。総司さんが居てくださるだけで十分です」
もし自分が人間だったら千鶴はもっと頼ってくれただろうか。何でも話してくれただろうか。嗚呼、人間に、なりたい。







090918/有海
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