最近の総司には楽しみがあった。己の住む森の近くに在る小さな村の、とても可愛らしい女の子。妖である総司にだって分け隔てなく日溜まりのような優しさを分け与えてくれる女の子。毎日森を出てすぐの大きな木下に彼女は座って空を見上げていた。初めて出逢ったのは月の綺麗な夜。
彼女は紛れもなく人間だった。そうして己は紛れもなく人間ではなかった。頭から飛び出す一対の茶の耳。意識と関係なく揺れる尾。妖とは迫害され駆逐されるだけの存在でしかなく、須く人間とは妖を毛嫌いするものだと妖の殆どは思っていた。総司もその中の一人であった。まだ幼く大した力もない総司には人間に害を成す程の何かが在るわけでもなかったから、彼女を見た瞬間真っ先に逃げ出そうとした。しかし其れよりも先に彼女の一対の黒耀石の瞳が総司を捉えた。
「………っ」
「初めまして、今晩は」
それは総司が思い描いたどの反応とも違っていた。耳を見ても尾を見ても、彼女は顔色一つ変えなかった。それどころか優しげに笑ってみせたのだ。
「は、初めまして……」
これが邂逅。思えば奇跡のような出逢いだった。この世に散らばる無数の欠片の中、たった一つだけ存在するであろう暖かい光。人間は確かに怖かった。ただ彼女だけは無条件で信じられた。
「千鶴、ね、今日は何の話を聞かせてくれるの?」
「そうですね…。じゃあ雛祭りのお話をしましょう。総司さんは何のお話を聞かせてくれるんですか?」
「そうだな…。じゃあ僕は雪女の話をしてあげる。千鶴、まだ聞いたことなかったよね」
「ゆ、雪女ですか!?何か怖そうな感じがします……」
「あはは、そうでもないよ。割と良い人かな」
毎晩決まって同じ時間。同じ場所。千鶴は人間の話を。総司は妖の話を。それだけで満たされた。其れがあれば生きていけるとさえ思っていた。妖と人間など決して相容れるわけがないのに、何時までも何時までも共に在れると思った、それは満月の綺麗な夜のこと。








090916/有海
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