ガラリ、開けた扉の向こうには亜麻色の髪を持った少女が幼馴染の男の一人と談笑していた。その笑顔の奥に少しの寂しさを見つけて強く手を握る。もう大丈夫だと伝えるために此処に来た。もう逃げない、もう泣かせない。
(いや、泣かせないのは無理かもしれねえけど)
七海が此方を向く。驚いたように見開かれたその瞳が小さく嬉しそうに笑ったのを見て、少しだけ気が楽になった。
伸ばした腕で小さな体を引き寄せる。忘れていた、彼女はこんなに小さかったのだと。いつも傍に居て、その存在感があまりにも大きかったものだから忘れかけていたのかもしれない。食い込むほどに握りしめられた指先を優しく解いてくれる。光の塊の様な存在。好き、大好きじゃ足りない。愛しているでも足りない。人間というのは不便だ。この狂おしいばかりの想いを伝えるためにたった三つの言葉しか持っていない。どうすれば伝わるだろう、世界中のものすべてを敵に回してもいいと思える程度には彼女のことが好きなのだと、愛しているのだと。どうしたら伝わるだろう。
「一樹、さん?」
「…ごめんな」
月子は優しい。そして強がりだ。それくらい一樹にも分かっている。寂しいくせに相手のことを思って言いまいとする。謙虚さが美徳だとそんなこと言えるほど一樹は大人ではない。どうせならもっと甘えて欲しいと思う。そう言ったところで月子は素直に甘える筈もないから、自分がべたべたに甘やかすしかない。それも悪くない、と小さく笑った声は彼女に届いたのだろうか、抱きしめられたままでいる月子が不思議そうに小さく首を傾げた。
「ごめんな」
「どうして一樹さんが謝るんですか?」
「俺はお前を傷つけた。俺が弱かったんだ、何もかも失ってしまいそうで怖かったんだ」
「…わたしは傷付いてなんかいません。忘れてしまったわたしがいけないんです。一樹さんは何時も優しくて、わたし、すごい助けられていました。嗚呼、こんな人が傍に居てくれるんだって考えたら、とても…とても幸せな気分になります」
月子の言葉は淀みなく、本当に心の底からそう思っているのだと分かる。彼女は強い。そして優しい。こんな愚かで臆病な男にもこうやって手を差し伸べてくれる。一生勝てない相手が居るとしたら其れは間違いなく夜久月子、その人だろう。
(こういうとこ、敵わねえよなあ)
「お前は悪くないって。俺が…ってこれじゃ堂々巡りだな。ならどちらも悪くない。それでいいか?」
「…はい」
少し不満そうではあったけれど月子はそう言って頷く。おずおずと回されたその両腕の温もりが嬉しくて、涙が出るほどに愛おしかったものだから、月子の腰に回した腕に込めた力を強くする。もう二度と離さないとでも言うように。
気付けば幼馴染たちはいなくなっていた。
「お前が昔の俺たちのこと忘れたっていうのはもう変わらない。これは決定事項だ。だからって何もかも無くなったわけじゃない。無くなったのなら作り直せばいい。そんな簡単なことに俺は気付けなかった。時間はまだまだ沢山あるんだ。失ったもの、消えちまったものをもう一度」
「でも、わたし、」
「お前は俺のこと、もう…どうでもいいか?」
「そんなこと…!そんなことある筈ないです!一樹さんと話すたび、ああ、わたし、この人のことがとても好きだったんだなあって、いつも思ってました。ううん、過去形なんかじゃなくて、一樹さんのことが好きだっていつも思ってます。でも何時までもわたしで縛るわけにはいかないって。だって一樹さんには素晴らしい未来があって、わたしなんかに縛られてたらいけないって、」
「なんかっていうんじゃねえっての。それにな、俺はお前に縛られるくらい大歓迎なんだよ。分かるか?俺はもうお前なしじゃ生きられそうもねえから。だから、」
そこで言葉を切る。肩口に埋めていた顔を起して世界で一番愛おしい少女の目を見つめる。光を内包したその瞳に自分だけが映っていることが何よりも嬉しい。堪らなく好きだと思う。どうにかなりそうなくらいには好きだと思う。この狂おしい思いが一滴でも彼女に伝わればいい。そう思いながら。
「もう一度、俺と、生きてください」
「…わたしで、いいんです、か?」
「言ったろ?お前じゃなきゃ駄目なんだって。もう一度聞くぞ。俺と一緒に生きてくれますか、夜久月子さん」
「…はい、喜んで。不知火一樹さん」
失われた記憶は戻らない。それでもいいのだと気付いた。失ってしまったものは二度と戻らないけれど、もう一度作り直すことは出来る。もう一度作って、壊れたらまた作り直せばいい。そんな当たり前のこと。彼女となら苦でも何でもない。抱きしめた柔らかな小さな体に込める力をまた少し強くして、こ麗かな陽気に誓う。本当にもう二度と、何があっても離さない、と。





「代菅、」
「あれ、七海さん。どうしたんです、こんなところで」
「いやまあ、な。ていうかありがとな」
「…なにがです?」
「とぼけんなって。俺じゃどうしようもなかったから」
「ああ、そのことですか…わたしはなにもしてませんよう」
「…そこまで言うならそういうことにしといてやるよ」
「そうしておいてください。…それにしてもややこしいですね、本当。好きなら好きでさっさとくっつけばいいんです」
「…お前からそんな言葉を聞けるとは思わなかった。お前略奪愛とか好きそうだから」
「なんですかその良く分からない偏見。わたしだってね、好きな人の幸せくらい祈れますよ。…まあ今回は奪っちゃおうかなと思わなくもなかったですけど」
「…前から思ってたんだけどよ、お前って不知火先輩のことが好きなのか?それとも、」
「…………さあ、どうでしょうねえ」





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