なに、千鶴」
薫自身驚く程低い声が出たと思う。嗚呼怯えさせたいわけではないというのに、いつからだったろう。愛し方を忘れたのは。
「薫。あのね」
唄うように千鶴はそう薫の名を呼んだ。いつだって千鶴は薫にとって眩しい存在だった。そうこの世に生を受けたあの時から。愛しくて愛しくて、眩しくてだから触れられなかった。触れたら壊してしまいそうで臆病者である自分はただただ愛情を憎しみに代えるしか術がなかった。
「私ね、こうやってまた薫と暮らせるのがとっても嬉しいよ」
「……」
「総司さんがいて父様がいて……そして薫がいてみんなで仲良く暮らすの。私、其れだけで本当に幸せなんだよ」
千鶴の言葉は魔法の言葉だ。誰の心も優しく溶かしてしまう。その優しさを享受してもいいのだろうか。過去やしがらみ全てを忘れてもう一度、昔のようにその柔らかな光のような体を抱き締めていいだろうか。
「俺はお前に酷いこと、した」
「……うん、それは私だけじゃなくて総司さんにも。でもね、総司さんも私も気にしてないよ。薫がしたこと、全部全部許してるよ」
「どう、して」
「だって私たち、家族でしょう?」
家族。そんな無償の温もり。不思議な擽ったさが背筋を駆け抜けた。
「家族はね、過ちもみんなみんな受け止めて許しあっていくの。だからもう薫は過去のことで悩まないで」
「……っ」
言葉が出なかった。こんな己にもまだ居場所があるのだと、そう思ってもいいのだと理解する。嗚呼なんて温かい。
「良かったね薫。優しい妹でさ」
そんな声にもう一度視線をやると、猫のように笑う男が視界に入った。









090909/有海
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