総司さんは朝から部屋に籠もりきりで出て来てくれない。呼べば返事をしてくれるのだけれど、それだけ。
具合が悪いのかと尋ねても何でもないよの一点張り。今月は展覧会や大きな仕事も無かった筈である。だとしたら一体どうしたのだというのだろう。
「お父様は何をしてらっしゃるんでしょうね―」
ポンポンと膨らみ始めた腹を優しく叩く。この腹の中には愛しい人との小さな生命が確かに宿っていて、思わず笑みがこぼれた。



それから暫くして、私はどうしても総司さんの部屋へ行かねばならない用事が出来てしまった。後回しにしても良いのだけれど、それだと忘れてしまうかもしれない。それに…
「(何をしているのか、知りたいし…)」
ゆっくり総司さんの部屋へ行く。中から思案気な唸り声が聞こえた。
「総司さん、」
「へ、あ、千鶴?」
驚いたような総司さんの声を無視して扉に手を掛ける。総司さんが慌てて私に声を掛けてきた。
「ちょ、千鶴、待っ……!!」
ガラリ。視界に飛び込んできたのは沢山の半紙。そして其処に書かれた、
「……え?」
花子から始まり初良など何と読むか分からないものまで。しかしそれは確かに、
「名前、決めようとこうと思ったんだ」
総司さんが照れたように笑う。
「幾つか候補を決めて千鶴に選んでもらおうと思って。こういう時僕が書道家で良かったって思うよ。半紙と墨は沢山あるからね」
言い訳っぽく最後に付け足された言葉に思わず小さく笑ってから、私は言葉を紡ぐ。この優しくて愛おしい最愛の旦那様に。
「私も一緒に考えたいです、総司さん」
「…うん、一緒に考えよう。半紙と墨、筆は沢山あるし」
「もう…っ」
耐えきれず吹き出すと総司さんも悪戯っぽくそれでも照れたように笑う。



こんなありふれた幸せがいつまでも続きますように。






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