お題:あなたがそうして笑うから(わたしは何処までも何処までも、ひとりきりだと思う)(原千)


「原田さ、」
「あー悪ぃ。今から新八に呼ばれてんだ」
「あ、はい…」
分かっていたのに。



遠くで原田さんと永倉さん、平助くんの笑い声がする。久しぶりに聴いた彼の笑い声。
このところ原田さんが自分を避けているのには薄々気付いていた。ただ認めたくなかった。私はまだ彼らの、新選組の仲間だと信じていたかった。
結局全部全部偽りでしかなかったのだろうに。
「……馬鹿だなあ」
小さな呟きは部屋に吸い込まれて消えていった。
私は鬼で人間じゃなくて、血の色は皆と同じ赤であったけれど、それでも私は確かに『違う』のだ。


そんな私が取るべき道はとうに決まっている筈で。



大切なものほど失えば苦しくて痛くて辛い。そんなことよく分かっている。よく分かっているけど、彼らがこれ以上傷付くのを見るのは嫌だった。大切な場所が自分のせいで崩れてしまうのが嫌だった。
己よりも大切なものの為に自分を偽ることくらいなんてことはない。私がいなくなったところで世界は変わらないし、きっとそれで正しい。もともと私は預かりものーーー否厄介な居候でしかないのだから。
そんな風に考えていると知られたら彼は、原田さんは怒るんだろうな。
その様子が簡単に予想出来て少しだけ笑みを漏らす。
何時だって優しくて私の兄のような人。最初は本当に兄のようにしか見ていなかったのに、一体何時からだったろう。彼を特別な人として見るようになったのは。
声を掛けてもらえるのが嬉しかった。頭を撫でてもらえるのが嬉しかった。その優しい笑顔で笑い掛けてもらえるのが何よりも嬉しかった。
でも今はその笑顔が痛い。困ったようなそんな顔で彼は私を見る度に笑うから。否が応でも現実を知らなければならない。私と彼らは違うのだと。故に私は独りきりであるのだと。それが理解できるくらいには自分はもう『大人』なのだ。

そうして人間じゃないただの化け物である自分には不相応な、彼に対する願いや想い。そんなこと言われなくたって痛いほど理解していたけれど、それでも私は原田さんのことが『  』だった。本当に本当に『  』だったのだ。
そっと立ち上がって襖に手を掛ける。振り返った部屋には形在るものは何もなく、でも優しい優しい綺麗で温かい思い出が確かに其処に在って、少しだけ泣きたくなった。
耳にこびり付いて離れない原田さんの私の名を呼ぶ声にも蓋をして、こっそり部屋から抜け出して屯所の外へと向かう。
まだ彼の声が耳から消えてくれない。
その温かい声を自分が聴くことはもう二度と、もう二度とないのだろう。
胸が締め付けられるみたいに苦しくて苦しくてどうしようもないけれど、彼らが、彼が、原田さんがこれ以上傷付くことがないと言うなら。だったらこの苦しみは安いものだとそう思うのだ。


一人で屯所の外に出ることは随分と久しぶりで何だか心細い。無意識に原田さんを探してしまいそうになる自分に苦笑しながら、屯所に向かって小さく礼をする。
「御世話になりました…」
瞳を閉じると蘇る温かくて綺麗な思い出たち。
色褪せた無彩色な世界の中思い出だけが色づいていて、その中でも一際輝いていたのは彼の、原田さんの優しいあの笑顔でした。





〜090408/有海
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