夜空を見上げる。冬の空は憎たらしいほど澄み切っていて、それなのに月の光は曇っていた。
そう見えるのはきっと自分がもう人間ではないからか。

この穢れきった手ではもうきっと優しいあのこに触れることすら許されない。

舌に僅かに残る鉄の味が感覚を支配する。彼女の血はとてもとても甘い。血の代わりに甘味が流れているのではないかと思うほど。それに対して自分はどうだ。鉄錆の味しかしないではないか。腐りきった味しか、しない。
彼女の優しさにつけこんだ。彼女が抗えないのを痛いほど知りながら、その腕に舌を伸ばす。見える傷を腕に見えない傷を心に。何よりも愛おしい彼女を傷付けているのは他でもない自分なのに、それでもまだ彼女を―――千鶴を守るだなんて。
なんて浅ましい想いだろう。

「平助くん?」
「……千鶴」
どうしたの、体が冷えるよ
そう言って笑う彼女から逃げるように顔を背ける。彼女の笑顔が痛かった。
「平助くん」
千鶴が小さく呼ぶ。
「私は平助くんが生きていてくれて嬉しいよ。こんなこと思っちゃいけないと思うけど、羅刹になっても生きていてくれて嬉しいよ」
耳を塞ぎたくなった。彼女が余りにも優しいから。
「ねぇ平助くん。大切な人の為に何でもしてあげたいって思うのは悪いこと、なのかな」
「ち、づる」
「ねぇ、平助くん」
気付けば彼女の温かい体を抱き締めていた。千鶴が優しく笑って腕を伸ばす。赤子をあやすような手つきに涙が零れそうになる。
「ごめ…ごめん、千鶴…!!」
「ごめんじゃないよ、平助くん」
壊れたこの感覚で、どこまで彼女を愛せるだろう。
化け物である自分はあと何回彼女を傷付けるだろう。
そんなの分からないけれど。
戸惑いは捨て去ろう。彼女は受け止めてくれる。微かに残る血の味をまだ忘れないようにして。この涙の味は忘れてしまおう。彼女は抱き締めてくれる。


「…………ありがとう」
彼女の、千鶴の満足そうな笑い声が聞こえて、小さく目を閉じた。




090125/有海
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