壊れた手足をぶら下げて、使い物にならなくなった喉を携えて。これは逃避ではない。愛しいあの人の元への疾走だ…――。


右足が変な方向へとねじ曲がっている。それでも構わず私は走る。土方さんが、土方さんが待っているから。
軍の人間は私が逃亡したことにそろそろ気が付いているだろう。だとしたら急がねば。もう二度と彼処に戻らぬ為にも。
流れ行く景色は優しくて、穏やかで、一歩また一歩と歩みを進める度、光に包まれていくような気がした。
『貴女の願いは何ですか?』
不意に聞こえてきた声。鈴を鳴らしたような凛とした、優しい優しい声音。私はこの音を知っている。これは私であって私でないあの人の…――。
「私は、もう、独りは嫌です。独りは、」
壊れた喉から零れたのは声にならぬ声だった。
『……貴女の願いを叶えましょう』
あの人が笑った。
『貴女は…【私】は十分一人で生きたから』
『よく頑張ったね。今度は一緒にいよう?もう寂しくないよ…』
嗚呼私はもう独りではないのか。
その声音は温かく、土方さんがあの人を愛した理由がとてもよく分かった、そんな気がした。
『千鶴』
不意に土方さんの声が聞こえた。とても近い、傍で。
『独りにさせて悪い…よく頑張ったな』
夢の中何度も、何度も聞いた声が優しく胸に響き渡る。在るはず無い涙が溢れそうになった。
「土方、さん…」
辿り着いたのは碧い海が一望出来る高台。沖田さんと一緒に土方さんを埋葬した高台。
陽の光が海面で反射してキラキラと輝く。その光が高台を包み込んでいるような錯覚を覚えた。
そうしてその光の先、小さな墓石の前に愛しい彼。傍らに寄り添って私に向かって手を差し伸べているのはきっと、きっと…――。
『ちづるちゃん』
『千鶴』
久しぶりに聞く声と初めて聞く声。どちらも耳に心地良い。
あの優しい世界へ私も行くのだ。悲しみも苦しみもない、愛だけが溢れた光の世界へ。
そう思って一歩を踏み出した、その時。



「見つけたぞ!!」
「構わん、撃て!!」



バキン。




胸の奥、銀色の塊――俗に言う心の臓と呼ばれる――が音を立てて砕け散った。
「あ…」
掠れゆく意識。視界一杯に広がる地面の緑色。
撃たれたのだと思った時には既に遅く、私の体はもう二度と動くことはなかった。もうすぐこの意識もなくなるのだろう。そうしたら私は土方さんとあの人の所へは行けないんだろう、そう思って泣きたくなった。
でも、
『千鶴』


穏やかな光が私を包んで笑った。


『もう独りにしねぇって言ったろうが…ほら行くぞ。【一緒】にな』
穏やかな光、私を包んで、笑ってる。
『一緒に行こう?もう大丈夫だよ。寂しくなんかないからね』
笑って、る――……。
『しばらくおやすみ。俺の愛しい    』









090429/有海
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